●つながる呪いはカンカンカン:序
戦いは、その日の深夜にはじまった。
「……ヤミちゃん、ヤミちゃん」
夢の世界をたゆたうわたしを、ひかりの手が揺り起こそうとする。
「んん……なーに、ひかり……あとひとりで、フォロワー五兆人なのに……」
「いいけん、起きて。なんか変」
プールの底から浮上するときみたいに、加速をつけて意識が覚醒に向かう。
タオルケットをはねのけて身を起こすと、部屋が異様に静まり返っていた。
就寝前は、網戸にして開け放った窓から、虫の声や車の音が聞こえてきていた。今は、それがしない。部屋の隅で首振り運動を続ける扇風機の音が、やたらと鮮明に聞こえる。
スッと全身の汗が引くのと同時に、ひかりがつぶやいた。
「来た……」
――かーん。
――かぁん。
――かぁーん……。
右から。左から。背後から。ぽつりぽつりと上がった声が、みるみるひとつながりの合唱に変わる。
――かん。かん。かん。かん。かん。かん。
窓にパッと赤い光が差した。
遮断機を思わせる、明滅する光。その中に、横並びのシルエットが黒々と浮かびあがる。
だけど――ひかりの部屋の窓にはベランダがなく、外は傾斜したお店の屋根だ。そんなに大勢の人間が安定して立てるはずがない。
わたしはあわててメガネをかけると、枕元に置いたビニール袋から靴を引っぱりだした。
布団を蹴りのけて立ち上がったところで、ひかりがきゅっと手をにぎってきた。その手を握り返しながら、彼女の目を見る。
「打ち合わせどおりにいくわよ。準備は?」
「ん。……だいじょぶ」
「オーケー。じゃあ、プランA! せーのっ!」
思いっきり息を吸いこんでから、声の限りに絶叫する。
「……帰れーっ!!」
「かーえーれ!!」
「帰れ帰れ帰れーっ! 半年
「……
わたしたちの罵声に応じるかのように、窓の外を埋め尽くしていた赤い光がスッとしぼんで消える。
え、ウソ。いきなり成功?
思わず拍子抜けした途端……柔らかいゴムのような感触が、背中にぶち当たってきた。
思わず、つないだ手を離してしまう。
たたらを踏んで壁に手をつき、窓を背にして振り返る。
すぐ目の前に、うなだれた人の列があった。
女子中学生。小学生。小学生。主婦らしき女性。男子高校生。小学生小学生小学生……。
廊下に並んだ人の列が、ギリシャ文字の「
――ひかーりちゃんがほーしい。
「やらない」
――ひかーりちゃんがほーしい……。
「うるせーっ! やらねーっつってんのよ!! ボケ!」
精いっぱいの虚勢で怒鳴りつけても消えない。
それどころかジリジリと、ムカデだかヤスデだかが丸くなるような動きでこっちへ迫ってくる。すでに部屋の中は八割がたカンカンカンに占領されてしまっていた。
(やっぱダメか……!)
「拒絶」で撃退できるのは、最初に手紙を受けとったときか、はじめてやつらが現れたとき……要は、カンカンカンがこっちに「つながろう」としてきている段階だけなんだろう。
ひかりはすでに一度、手紙を信じてしまった。カンカンカンとのつながりを「受け容れて」しまったんだ。だからもう、このやりかたは通じない。
「……プランB!」
わたしは愛用の巾着ポーチに手をつっこむと、中の粉末をカンカンカンめがけて投げつけた。キッチンからこっそり拝借してきた食塩だ。
先月の事件では、盛り塩や岩塩で霊の勢いを削ぐことができた。
……でも今回は、それもダメみたいだ。カンカンカンはわずかに身じろぎして塩を振り落とすと、じゃりじゃり踏みしだきながらにじり寄ってくる。
「これもダメ……」
でも大丈夫。ここまではただの確認だ。本命はこれから……!
「ヤミちゃん!」
窓を乗り越え、屋根に出たひかりがわたしを呼んだ。
手を貸してもらって、わたしも屋根へ出る。
傾斜はゆるくてもすべり落ちそうになるのをどうにか踏んばり、ほとんど四つん這いのようになって店の裏手へ移動。
事前に確認しておいたとおり、そこにはちょうどいい高さをした、スチールの物置があった。
物置の天板に乗ったひかりは、植木の枝と、堆肥を作るコンポストを使って、危なげなく地面へと降り立つ。
こうして見ると、ひかりってけっこう運動神経いいんだな……。
なんて感心している場合じゃない。次はわたしの番だ。屋根の
「ヤミちゃん、大丈夫やけん。早く!」
「本当に!? 本当にこれ大丈夫!?」
「
へっぴり腰ムーブにへっぴり腰ムーブを重ねてどうにか地上へたどり着くと、店の裏手から、カンカンカンの作るラインが押しよせてくるところだった。
押し出されるようにして、店の正面へと回る。
どういう理屈か、先回りしたやつらはすでに道路の三方をふさいでいて、わたしたちを残る一方向へと追いこむように前進をはじめた。
――かん。かん。かん。かん。かん。かん。
望むところだ。つきあってやろうじゃないか。こっちだって、これからが本番なんだ。
「……行くわよ、ひかり。プランC!」
「うん……!」
わたしたちはアスファルトを蹴って走りだした。しわぶきひとつ聞こえない夜の街に、足音が大きく響く。
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