●断ち切る勇気、つながる覚悟

「……と、いうわけなのだけれど。どう、ひかり。できそう?」

「え。どうやろう。わからん。そげんこと、やったことないけん」


 わたしのアイディアを聞かされたひかりは、困ったふうに視線をさまよわせた。

 ひかりの部屋。わたしは勉強机のイスを拝借し、ベッドに座ったひかりと向き合っている。


「それに……」

「それに?」

「ぼくがそういうことしたら、また、ああいうのが出てくる気がする。青い犬とか、赤い魚とか……」

「ああ……」


 そうだ、その問題があった。カンカンカンの件ですっかり忘れていたけれど、ひかりにつきまとっているその「異界の神」とやらも同じくらいの大問題なのだった。


「あいつらは、ひかりとのつながりをたどってやってくるのよね。それって、ひかりのほうから拒否することってできないのかしら? 追い返すというか、閉め出すというか」

「……それも、わからん」


 そうか……。

 と、なると、やっぱりこの作戦はリスクが高すぎる。帰りの電車で考えたとおり、ひかりをうまくだまくらかすほうのプランでいくしかないか。

 なんて、わたしがいつものバインダーをめくりながら考えていると、意を決したようにひかりが言った。


「でも……やってみたい」


 おっ?


「……本気なのね?」

「うん。だって、ヤミちゃん前に言ったやんか。0.0000001パーセントでも、やったほうがいいって」


 それは……まあ、言った。言ったけれども。


「今回は命がかかっているのよ。あのときとは状況が違うわ」

「……ヤミちゃんは、せんしないほうがいいと思っとーとおもってるの?」

「そういうわけじゃ……」

「ヤミちゃんが嫌なんやったら……ぼくは、やらんでよかよ。環奈ちゃんのことはかわいそうやけど、ぼくの友達は、ヤミちゃんやけん。ヤミちゃんだけやけん」


 ちらっと横目で見ると、ひかりはその透明なひとみで、わたしのことをまっすぐに見つめていた。ちりちりくるような視線の強さにたじろいで、思わず目をそらしてしまう。


 手を差し伸べる覚悟がなかったと、実果さんは言った。

 向き合う勇気がないと、由輝さんは言う。

 わたしも同じだ。ウソをついている負い目があるから、ひかりの目をまっすぐに見られない。ここ一ヶ月、ずっとそうだった。


 だけど。……だけど、いつまでもそれじゃダメだ。

 いきなり全部が解決できなくても、せめてひかりのほうを向いて、前に進もうとしなくっちゃ。そうしないと、迷いを断ち切ることなんか永遠にできない。


「わかったわ」


 わたしは座り直して、ひかりのほうを向いた。


「やりましょう。やってやろうじゃないの。ふたりであのゴミ袋小僧をギッタギタにしてやるのよ」

「ぎ、ぎったぎた・・・・・……ってなん?」

「とにかくムチャクチャやっつけるってこと! ヤミとひかりがそろえば最強だってこと、見せてやりましょう。それと……これ。渡しておくわ」


 わたしが例のメダルをさし出すとひかりは目を丸くした。


「これって……?」

「さっき由輝さんから預かったの。ひかりのお父さんが、亡くなったとき持っていた……お守りじゃないかって」

「……えっ!」


 ひかりはもぎとるようにしてメダルを奪いとると、透明な瞳を皿のようにして、表も裏も眺めまわした。


「これを、お父さんが……」

「見覚えないの?」

なかない。こげんと初めて見た……」


 むむ、そうなのか。お守りと見せかけて、実は呪いのアイテムだったりしたらどうしよう……。

 わたしが密かに脂汗をかいていると、メダルを首にかけたひかりが、へにゃっとゆるんだ笑みを向けてきた。


「でもよか。ヤミちゃんがくれたものやったら、それがいちばんのお守りやけん」

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