◆みんなも期待してるんだよ

 食事を終えたわたしたちはひかりの叔父さんにお礼を言ってから、バスに乗って移動。北録城きたろくじょうにあるわたしの家で配信を開始した。

 ひかりの家でもできないことはなかったけれど、マイクとか照明の加減もあるし、慣れた環境で配信するに越したことはない。


「闇に魂を惹かれたフォロワーのみなさん……こんにちは。夜神ヤミです」

「朝日奈ひかりでーす……」

「今日は記念すべき夏休み初日! ということで、緊急生配信を行うことにしました。お仕事中のみなさんは、あとでアーカイブをご覧になってくださいね」


 ちらっとコメント欄を見ると、急な配信にもかかわらず、いつものメンバーがかなりの割合で集まってきている。

 誰も来なかったらどうしようと内心ドキドキしていたので、ちょっと安心した。この怪談オタクどもめ。愛してるぜ。


「昨夜、Twisperにも書きこませていただきましたが……わたしたちは今『カンカンカン』、あるいは『カンカンカンのメール』と呼ばれる怪異について調べています。もし、情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、コメント欄かわたしのTwisperまでご連絡ください。『これって関係あるかも?』とか、『似た話を知ってるかも?』くらいで構いませんので、お気軽に書きこんでくださいね」


 前置きを終えたわたしはさっそく、カンカンカンについてこれまでわかったことを語りはじめた(もちろん、例のメール本文をそのまんま読み上げるようなマネはしない――わたしのフォロワーに呪いをばらまくことになりかねないからだ)。


 同時に、自分の中でも情報を整理してゆく。


 はじまりは二十数年前。場所は東京都の橘市(配信ではT市、とした)。

 最初に、列車事故で死んだ少女がいた。

 呪いのDMによると、名前は官藤かんどうカンナちゃん。DMに書かれていた死因は事故だったけれど、レンレンさんは「いじめを苦にして自殺した」みたいなことを言っていた。

 どっちが正しいのかはさておき、この時点ではまだ、大きな騒ぎにはなっていなかった。

 本当の事件はそれから数年後、橘小学校に通う少年――「たのしいゆうびんがくしゅう」に登場する「X君」が、その事件をネタにした不幸の手紙をデッチあげたのが発端だ。

 X君の作った「カンカンカンの手紙」は、橘市の小学生たちの間へみるみる広がっていった。そして本当に、カンカンカンという名の怪異が現れはじめたのだ。たくさんの子供たちが横並びに手をつないでいる――そんな姿で。

 昨日、ひかりが話した「はなちゃんがほしい」に出てきた霊がカンカンカンであるなら、あの子供たちは、カンカンカンによって列車事故へ追いこまれた犠牲者なんじゃないかと推測できる。カンカンカンの呪いで死んだ子供は、カンカンカンの一部に組みこまれてしまうのだ。


(つまり、昨日わたしたちが遭遇したカンカンカンが、レンレンさんの話に出てくるよりもずっと長くなっていたのは……そういうことか)


 二十年ちょっとの間に、カンカンカンは犠牲者を増やし続けてきた。年に三人のペースでも、二十年経てば六十人。とんでもない数ではあるんだけど、鉄道の人身事故って年に千件以上起きているらしいから……年に三人くらいじゃ、余裕でまぎれてしまう。


「ヤミちゃん、ヤミちゃん」


 途中から考えにふけってしまっていたわたしの袖を、ひかりが引いた。


「『ちよこ冷凍』さんがお話書いてくれとーごたよくれてるみたいだよ

「え、あ。ごめんなさい、見落としてたわ。ありがとう『ちよこ冷凍』さん」


 問題の書き込みはすぐに見つかったけれど、話は途中で終わっており、なかなか続きが投稿されない。スマホに手打ち入力しているせいで時間がかかっているのだ。


「あの、もしよかったらですけど、直接通話をつないでお話してもらっても構いませんか。Discoveryディスカバリーっていう便利なアプリがあって……」


 振ってみると、ラッキーなことに「ちよこ冷凍」さんのスマホにもそのアプリが入っていることがわかった。

 とんとん拍子に話は進み――「ヤミひか」史上初の凸待とつまち配信(視聴者と通話しながら進める配信)がはじまったのだった。


 * * *


 あ、もしもし。聞こえますか。


 ――聞こえます。ようこそ「ヤミひかチャンネル」へ。では、改めて自己紹介からお願いできますか。


 ハイ。ええと、どうも。「ちよこ冷凍」です。すいません男で。「ちよこ」とか名乗ってるんでよく誤解されるんですけど、別にネカマじゃないです。ハイ。


 なんか緊張しますね、こういうの。自分、基本的に聞き専なんで……あっ、ヤミひかちゃんいつも応援してます。へへへ。


 ゴホン。……すいません。話ですよね。

 もしかしたら、お探しのネタとは関係ないかもしれないんですけど……よかったら聞いてください。不幸の手紙っていうか、「手紙の画像」の話です。


 自分が東北の大学に通ってたときの話ですから、今から五、六年前の話です。……あ、自分、今は在宅ワークなんで。別に仕事中抜け出したりとかじゃないですよ。


 えーと、それで……当時、自分のまわりで「ヤバい画像」を探すのが流行ってたんです。

 ブラクラっていうんですか。怖い画とか事故の動画とか、死体写真とかをネットから探してきて、お互いに見せ合うっていう。今考えたら、アホの極みみたいな遊びですけど。


 ――ヤミちゃん、ブラクラってなん

 ――ブラウザ・クラッシャー。本来は、パソコンのブラウザソフトを誤作動させるウィルスとかを指すんだけど……転じて、見た人がショックを受けるようなウェブ上の画像を、そういうふうに呼ぶことがあるのよ。


 そうですそうです。……で、ですね。

 ある日、仲間のひとりが「手紙の写真」を見つけてきたんですよ。

 こう、コタツの天板てんばんか何かに、便箋びんせんが広げてあるんです。一度クシャクシャに丸めたのを開き直したみたいにシワシワで、手書きの文字がやたらと乱暴で、おまけに写真自体の画質も悪い。三重苦ですね。おかげで、なんて書かれてるんだかさっぱり読めませんでした。


 当然、これのどこがヤバい画像なんだよ、って話になりますよね。

 そうしたら、見つけてきたヤツが言うんです。


「これはある個人のSNSから見つけてきた画像だ。そのアカウントは、この画像が投稿されたのを最後に更新が止まってる。『この手紙、本物だった』っていう書きこみと一緒にな。これボケボケだけど、画像加工すればなんとか読めそうだろ。ちょっとやってみようと思うんだよな」


 って。

 その場は「ヒマなやつだな」って笑って、それでお開きになりました。

 けどね。それからそいつ……だんだんと、大学に来なくなっちゃったんですよ。


 さすがに心配になって……ある日、仲間三、四人といっしょに、そいつの下宿に行ってみました。

 何度もインターホンを鳴らしたら、げっそりやせて、ヒゲもぼうぼうになったひどい顔で出てきて……なのに目だけはギラギラ光ってて、こう言うんです。


「いいところに来た。もうすぐで読めそうなんだ」


 それで、家に上がったら……もう見るからに異様で。

 プリントしたコピー用紙が壁中にべたべた貼ってあるんです。何かと思ったら、それ、例の画像なんですよ。一枚の紙にギリギリ一文字入るくらいのサイズにまで拡大印刷したアレを、探偵ドラマの演出かなんかみたいに、壁に貼ってるんです。


 呆然としてる自分らを、そいつ、奥の部屋まで引っぱっていってですね。グッチャグチャに書きなぐったような、意味不明なメモを見せながら、なんか、必死に説明しようとするんです。

 でも、全然意味がわからないんですよ。支離滅裂なんです。電車がどうとか、手足がどうとか言ってたのだけはおぼえてますけど……。


 さすがにみんな、「こりゃヤバい」ってなりまして。

 なんとかしてそいつを説得しようとしたんです。こんなこともうやめろ、病院行けって。

 そしたらそいつ、いきなりキレはじめて。


「うるせえッ。もうすぐ読めるんだ。読まなきゃいけないんだよッ。みんなも期待してるんだよッ!!」


 叫ぶと同時に、ガラスの引き戸を指さしたんです。


 そいつのアパートって、玄関入ってすぐのキッチンと、奥の部屋とがガラスの引き戸で隔てられてるんですよ。そいつが指さしたのは、その引き戸で。


 そこにね。いたんです。子供が。

 ずらっと横並びに手をつないで、引き戸の幅いっぱい広がって……なんか低い声で、ブツブツブツブツ言ってるんです。


 自分ら、さっきそこを通ってきたばかりなんですよ。

 そんな大人数が隠れてるのに気づかないなんてありえないんです。もちろん、外からぞろぞろ入ってきたんなら音でわかりますし。


 もう、みんな肝を潰しちゃってね。

 幸い、そいつの部屋は一階だったんで、部屋のベランダから共用スペースの庭に抜けられたんです。みんな、裸足はだしで飛びだして、そのまま逃げかえって……それっきりです。


 結局そいつ、死にましたよ。

 一週間も経たないうちに、深夜、貨物列車にはねられて……。


 ずっと、自分の中でも意味不明な体験だったんです。でも、ヤミちゃんの話を聞いて、もしかしてそういうことだったのかもって。

 正直、今メチャクチャ怖いです。

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