●ヤミと康美
わたしは家に帰り着くなりベッドに倒れこみ、何時間もうつ伏せのまま動かなかった。
すっかり暗くなったころにお腹がグゥと鳴ったので、冷凍チャーハンをチンして食べ、シャワーを浴びて、また同じ場所に戻ってきてうつ伏せになった。
少しずつだけど思考が働きはじめる。
さっき見たら、家の盛り塩はどこも崩れていなかった。この一週間ではじめてのことだ。本当にわたしは呪いから解放されたのかもしれない。
ひかりの言葉が正しければ、ハリコさんとの「つながり」……ハリコさんの呪いは、ひかりのほうへ移ったということになる。
だけど、どうしてそんなことができたんだろう?
ひかりはただ、スマホで写真を撮影しただけなのに……。
(……撮影?)
わたしはガバリと身を起こした。
オカルト脳が猛烈に回転をはじめている。
ハリコさんの呪いに触れた人々は、大きく分けてふたつのグループに分けられる。呪いで死んだり行方不明になった者たちと、助かった者たちだ。
仮に、死者をAグループ、生存者をBグループとしよう。
Bグループに属する者には、さらに二種類のパターンがある。
(B-1)一度だけ、霊らしきものを目撃した者。
(B-2)何日間も霊現象に悩まされたものの、途中でそれが止まった者。
これまで集まった怪談の登場人物たちをこの分類に合わせて振り分けると……こうなる。
・Aグループ(死者)
モモタ=百田先輩(「バッテンマーク」「呪いの身代わり」)、ニセ霊感少女の留美ちゃん(「廃墟の入り口」)、建築業のS君(「満員ベランダ」)、アイドル仲間の英梨さん(「あるアイドルの話」)、怪談ハンター・ツヴァイ(「怪談・ハリコさん」)
・B-1グループ(一度だけ霊を目撃)
フォロワーのあきらさん(「窓を走る影」)、フォロワーのキララさん(「白いお婆さん」)、建築業のYさん(「満員ベランダ」)
・B-2グループ(霊現象が途中で止まる)
ベジタリ
このうち、深刻な呪いを食らったと言えるのはAグループとB-2グループだ。その全員に共通している要素が、たったひとつだけある。
撮影だ。
ハリコさんに呪われた人間はみんな、飛び降りマンションかハリコさん自身のどちらかを写真に撮っている。
わたしの場合は動画だ。敷地の外からだけど、二ヶ月前のあの日、わたしはあのマンションを背景に動画を撮ってしまった。
B-1グループも怖い体験はしているけれど、彼らは命を脅かされるほどの目には遭っていない。
キララさんやYさんは写真を見ただけ、あきらさんはカーテン越しに霊の姿を見ただけだからだ。
撮影さえしなければ、ハリコさんの呪いは発動しない。
逆に、撮影したらあいつと「つながり」ができてしまう。
ハリコさんの呪いは、その「つながり」をたどってやってくるんだ。
わたしの身に呪いの効果が
……はは。なんだ。
わかってしまえは簡単だ。それって、つまり。
「……わたしのせいじゃん」
ハリコさんに呪われたのは――わたしの自業自得だ。
わたしが……B-2グループが助かった理由は、きっとベジタリ
身代わりになってくれる者が現れたからだ。
おそらく、ハリコさんの呪いは同時にひとりしかターゲットにできないんだろう。新しいターゲットが見つかった時点で、それまで呪われた人間は、呪いの標的から外れる。
ひかりにはたぶん、わたしとハリコさんの「つながり」が見えた。
だから直感的に、それを自分に移す方法もわかったんだ。ただ、それだけ。
ひかりは、身を呈してわたしを助けてくれた。わたしのことを、友達だと思っていたから。
わたしはひかりを騙していたのに。
本当のわたしは自分の罪も知らず、何一つ真実を話さず、ただ、あの子を利用していただけだっていうのに。
最悪だ。そんなの、最悪じゃん。
それでも……わたしには、今さらどうすることもできない。
これだけ自己嫌悪でズタズタになっていても、やっぱり命は惜しいのだ。
ゴロンとベッドに寝っ転がると、姿見の鏡が目に入った。
ハリコさんが鏡を嫌うという話を読んで、ママの部屋から勝手に持ってきたものだ。
姿見には、最低最悪にひどい顔をしたわたし――村上康美が映っている。
髪はぼさぼさ。くちびるは荒れて、メガネの奥の目にはクマができている。
その目はまるで、わたしをなじっているようだった。たとえば、こんなふうに。
――卑怯者。ひかりを犠牲にして、自分だけ逃げるつもり?
心の声に、わたしの別の部分が反論する。
(だって、しょうがないじゃんか。わたしにどうしろっていうのさ!)
――これまで、さんざんひかりを利用したくせに。
(ああ、そうだよ。利用したよ。おかげでフォロワーもがっつり増えた。ひかり、かわいいもんね。あの子は最高の客寄せパンダだったよ)
ひかりが抜けたら、次回からの配信は苦労するだろうな。ひとりでずっとしゃべるのがどんなに大変だったか、ふたりになってよくわかったから。
(でも、死ぬよりはマシ。死んだら『いいね』ももらえないし、フォロワーも増やせないもん)
――ウソばっかり。あんたって、本当にウソばかり。
――本当はそんなこと望んでないくせに。どうして自分にまでウソつくの。
「うるさいなッ!!」
わたしは姿見めがけて鞄を投げつけた。
姿見は勢いよくひっくり返って、あっけなく割れた。
鏡の破片とカバンの中身が、部屋中にまき散らされる。
(わたしだって……わたしだって、好きでこんなヤツになったんじゃない!)
本当は明るい、いい子になりたかった。
友達がたくさんいて、人前でもつっかえずにしゃべれる子になりたかった。
ありのままで、胸を張って生きていける子になりたかった。
でも、わたしはできない。
特別な才能もないし、かわいくもない。みんなのノリに合わせる器用さもない。
わたしにできるのは、「できるフリ」をすることだけだった。
キャラを作って、演出を盛って、中身がスカスカなことに気づかれないよう、外側を取り繕うことだけだった。
わたしはできる。わたしはすごい。わたしはミステリアス霊感美少女なんだ。
……ああ。なんて空虚な言葉。自分すら騙せないのがわかっていても止められない、どこまでも薄っぺらな
わたしはからっぽだ。からっぽの、ニセモノだ。
わたしは、そんなわたし自身が、世界で一番大っ嫌いだ。
そのとき、目の前のスマホがブルブルと振動しはじめたので、わたしはギクリとした。ひかりからの
だけど違った。それは、
『おめでとうございます。ヤミひかチャンネル さんのチャンネルフォロワーが1000名に到達しました!』
……よりによって、このタイミングか。
なんたる皮肉だろうか。わたしはヘッと鼻で笑ってしまった。
期待していたような感動や喜びは、これっぽっちも湧いてこない。自分を好きになんて、なれるはずがない。
床を見下ろすと、散らばった鏡の破片の中に、無数のわたしが映りこんでいた。
何百、何千という大嫌いなわたしが、こっちを責めるように見上げている。
わたしはわたし自身の視線をさけて、シーツを頭からかぶった。
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