◆治三郎地蔵の話

 怖い話をしようか。


 千葉の某ライブハウスでったとき、そこのスタッフさんに教えてもらった話なんだけどさ。


 なんでもね、彼が通ってた小学校の校舎裏に、石地蔵が置いてあったんだと。植木と植木の間に隠れるように、ポツンとね。

 つっても放置されてたわけじゃなくて、一応は地域の人が管理してたらしい。水をお供えしたり、赤い頭巾をかぶせてあげたりしてね。


 スタッフさんが六年生のとき。

 クラスに……そうだな、半澤はんざわ君としようか。なかなか勉強のデキる男の子がいた。

 スタッフさんは中学受験のため、そいつと同じ塾の、同じ受験クラスに通ってた。だからまあ、他のヤツよりは仲が良かったのさ。お互いね。


 その半澤君にゃ、ちょっとした悩みがあった。

 塾で実力テストがあるだろ。んで、順位が貼りだされるわな。半澤君、どーしてもそこで一番が獲れなかった。

 同じクラスに、それこそズバ抜けて成績のいい女子がいてさ。どンだけ頑張っても、その子にだけは歯が立たなかったんだわ。


 目的は受験に受かることなんだし、塾での順位くらいどうでもイイだろって感じけどさ。半澤君としては、そうもいかなかったんだな。

 親父さんかおふくろさんか忘れたが、どうも、息子が一番じゃなきゃ我慢がならない性質たちだったらしい。次のテストで一位取れなきゃ好きなゲーム買ってあげないよ、とか言って、子供に圧をかけてたんだな。


 おかげで半澤君、すっかり煮詰まっちまってねえ。とうとう神頼みに走った。

 そうさ。例の、校舎裏の地蔵だよ。

 あれに十円玉かなんかお供えして、お願いをしたんだな。「あの秀才女子が次のテストを受けられないようにしてください」って。

 自分の成績を上げてもらおうってんならまだしも、他人を下げようってトコがいかにもしみったれてるが……まァ、人間なんて案外そんなもんかもしれないね。


 この願い事が――効いた。


 例の秀才女子、次の実力テストの途中でいきなり頭痛を訴えだしてね。そのまま早退しちまったんだと。


 さぁ、びっくりしたのは半澤君だ。

 テストの帰り道、とにかく誰かに話したくて、仲の良かった友達――要するに、この話を教えてくれたスタッフさんだな。彼に洗いざらいしゃべった。

 スタッフさんとしちゃ、そんな話されたって困るわな。「偶然だろ」としか思わない。


 ところが、あながち偶然とも言い切れなくなった。


 半澤君、まさにその日の夜、自宅の階段で足を滑らせてねえ。運悪く、頭から落っこちちまった。

 頭蓋骨ずがいこつ骨折。脳にもダメージが入っちゃって、入院してね。それきり塾にも学校にも出てこなかったってんで、詳しいことはわからないが、まぁ重めの障害が残っちゃったんじゃないかって話だ。


 なんだか因縁めいてるだろ? そこでスタッフさんは気になって、土地の歴史に詳しいお年寄りに話を聞いてみた。つっても、要は自分ちのバァちゃんなんだけど。


 スタッフさんのバァちゃんはねえ、ちゃーんと知ってたよ。校舎裏の地蔵の来歴をね。


 そいつははち割れ地蔵とか、治三郎じさぶろう地蔵とか、そういう名前で呼ばれているシロモノだった。

 はち割れってわかるかな。要は頭のはち――オデコだね。そこが割れてるってことなのさ。


 享保年間っていうから、江戸時代か。

 ある年、そのへんの地域で飢饉ききんが起きて、年貢米ねんぐまいを納めることができなくなっちまった。そこで村の代表として、治三郎って農民が代官に訴え出たんだが……どうにも話の通じねえ相手だったらしくてね。

 哀れ、治三郎は顔面をこう唐竹割からたけわりにされて死んじまった。


 そうしたら、今度はその治三郎が祟る祟る。雷は落とすわ疫病は流行らすわ、おまけに武士も農民も見境みさかいなしときた。

 たまりかねた村人たちは祟りを鎮めるため、一体の地蔵を建てた――それが、例の鉢割れ地蔵だったのさ。


 道路の拡張工事の際、邪魔だってんで一時的に小学校の敷地へ移設したまではいいものの、それっきり引き取り手が現れず、置きっぱなしになっちまってたんだな。


 さあ、スタッフさんはいよいよおっかない。

 鉢割れ地蔵に、事故で頭の割れた半澤君。みごとに平仄ひょうそくが合っちまった。

 これは不埒ふらちなお願いをした半澤君に治三郎のバチが当たったに違いないと、卒業まで、一切その地蔵に近づくことはなかったっていうんだが……。


 あたしはこれ、「バチ」じゃないと思うんだよな。

 形はともかく、半澤君のお願いは叶ってるわけだろ? 彼をらしめたいなら、わざわざ女の子を巻き添えにする理由なんてない。

 だからね。

 半澤君はきっと、単に代償を取られただけなのさ。


 昔から言うだろ。「人を呪わば穴二つ」ってね。

 人ならざるモノの力を借りて、誰かの不幸を願う。これが呪いじゃなくて何だって言うんだい。

 そして呪いをかけた者は、必ずその代償を支払うことになる。誰かに血を流させたなら、その対価は当然、自分の血であがなうのさ。

 台湾なんかじゃ、びょうで神様に願をかけるとき、必ず対価を申告するんだそうだよ。お願いを叶えてくれたら、これこれを供物くもつとしてさしあげます、てな感じでね。

 神様でさえそうなんだ。恨みをのんで死んだ怨霊にうかうか願い事なんてした日にゃ、どうなるかわかったもんじゃないわな。


 まあ、由来もよく知らないモンをむやみに拝むのはやめておけって話さね。

 そこらの石碑だの祠だの、いったい何を祀ってるんだか知れたもんじゃないんだからサ。


 * * *


 りぃ――……ん……。


 話し終えると同時に、澄んだおりんの音が周囲に響きわたった。


 ディバベルのメンバーは怪談の語り終わりの合図として、それぞれ鈴や鐘を鳴らす。彼女たちが聖なる鐘ディバイン・ベルズを名乗る所以ゆえんだ。

 チサティーさんが持つのは金剛鈴こんごうれいといって、ハンドベルサイズのおりんの持ち手部分に、フォークみたいな形の装飾(確か三鈷杵さんこしょ、という)がついている。


「はい、オッケ~。バッチリよ~♪」


 セーラさんが人差し指と親指でマルを作ってみせる。同時に、それまで張りつめていた現場の空気がフッとゆるんだ。


 わたしは密かに感動を噛みしめていた。

 ああ、ディバベルの怪談は何度も動画で聞いてるけど、やっぱナマは違うなあ。

 声の張り方、間の取り方、緩急のつけ方。語りのスタイルひとつとっても、勉強になることばかりだ。役得、役得……。


「よっしゃ。そんじゃ、サクサク進めようや」

 首をコキリと鳴らしながら、チサティーさんが立ち上がる。

「次、オープニングを撮り終わったらヤミちゃんの怪談だから。準備ヨロシクね。……へへ、どんな話が聞けるのか、楽しみにしてるぜい」


 ゲッ。

 そ……そうだった……すっかりただの怪談オタクに戻っちゃってたけど、わたしも怪談を語りに来たんだった……。

 っていうか! チサティーさんの後ってハードル上がりすぎなんですけどぉ!!

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