◆たのしいゆうびんがくしゅう

 りぃ――……ん……。

 からん、から、からん。

 シャ―……ンンン……。


 廃校の靴脱ぎ場に、三つの鐘の音がみとおってゆく。


「どーもこんばんは。ディバイン・ベルズの怪談のお時間です」


 三脚にえたカメラの前。

 ほこりをたっぷりかぶった靴箱の前に、ディバベルの三人が勢揃いしている。マネージャーの佐々木さんも合流し、今はスマホをサブカメラ代わりに撮影を手伝っていた。

 金剛鈴こんごうれいをベルトに戻したチサティーさんは、そこで口調を改めると、


「今日はここ、旧たちばな小学校を舞台に怪談を話していこうと思ってるんだけど……その前に、特別ゲストを紹介させてもらおうかな。――『ヤミひかチャンネル』のおふたりでーす!」


 と、脇に控えるわたしたちを手招きした。

 ばっくんばっくんいっている心臓を意識しながら、カメラの画角内へ歩み出る。


「闇に魂を惹かれたフォロワーのみなさん……こんにちは。夜神やがみヤミです」

「……あ、朝日奈ひかりでーす」


 わたしたちを拍手で迎えたセーラさんが、にこやかに言う。


「ヤミひかちゃんは、霊感UMOVERなのよね~。今日、こうして廃校に足を運んでみて、どうかしら~? 何か感じる~?」

「……そ、そうですね。かつてここで日々を過ごしていた子供たちの記憶の残滓ざんしや強い想いが残って……いるような……いないような……」


 以前ならこういうとき、いくらでも適当なでまかせを口にできたんだけど、ひかりに本物の霊感があることがわかってからは、迂闊うかつなことは言えなくなった。

 ディバベルの三人に霊能者の可能性があるなら、なおさらだ。


 セーラさんはわたしの煮え切らない返答を不審がる様子もなく、切れ長の目を細めてうなずく。


「ふんふん、なるほどね~。ひかりちゃんは?」

「ぼくは……わからん。えと、わからない、です」

「うふふ、大丈夫よ~。敬語なんか使わないで、いつも通りで~」


 そう言ってひかりをなだめると、セーラさんはレンレンさんに目配せをした。レンレンさんは阿吽あうんの呼吸で番組を進行させる。


「おふたりの主な活動としては、毎週土曜日の午後から、怪談の生配信をしてらっしゃるとのことですが」

「……え、ええ。みなさんに怪奇と幻想の物語をお届けするのが、闇の語り部たるわたしの使命ですから」


 わたしの返答を受けて、チサティーさんがにやっと笑う。


「なるほどねー。サンキューサンキュー。じゃあ、さっそくヤミちゃんに一話、語ってもらっちゃおうかな」


 こちらにウインクしてみせる仕草に「お手並み拝見」のニュアンスを感じて、わたしの中で配信者のプライドがむっくりと頭をもたげた。

 よ……よおーし。やったろーじゃんか。


 * * *


 フォロワーの「亀ライオン」さんが投稿してくれたお話。今から、二十年以上も前の話だといいます。


 亀ライオンさんの通っていた小学校では、毎年、「ゆうびんがくしゅう」というものが行われていました。

 一週間の間、二年生の子たちが郵便屋さんになりきって、学校ポストに投函とうかんされた手紙を各クラスへ届けてくれるのです。


 亀ライオンさんが四年生のとき。いつもどおり、「ゆうびんがくしゅう」の季節がやってきました。

 友達同士、どうでもいい内容をやりとりしあって遊んだり、好きなアニメのキャラ絵を描いて交換したり、誰々だれだれがラブレターをもらったという噂でキャーキャー言ったり……いつもなら、そんな他愛たあいない一週間になるはずだったのですが、その年は少しばかり様子が違いました。


 四年生の各クラスへ、何十通にも及ぶ「不幸の手紙」が送りつけられてきたからです。

 手紙の文面には、一定期間内に同じ内容の手紙を書いて別の人宛てに出さないと、あなたは不幸になる……そんな、おなじみの内容が書かれていました。


 差出人は不明。ただ筆跡が似ていることから、おそらくは同一人物の仕業です。

 届け先の生徒には何のつながりもなく、クラス名簿を元に、ランダムに選んだ相手を標的にしているものと思われました。


 普通に考えれば、こんな手紙なんかに他人ひとを不幸にする力などありません。

 でもそこは、まだ十歳を過ぎたばかりの小学生。四年生の各クラスでは本気で怖がる子が続出し、ちょっとした集団パニックが起きてしまいました。


 手紙の呪いを恐れた生徒は、自分も同じ不幸の手紙を書いて別のクラスへ送りつけます。そこからさらに別の学年へ。生徒たちの自宅へ。近隣住民の郵便受けへ……。

 先生たちは大慌てて収拾をはかりましたが、頭ごなしに「そんなものは信じるな」「手紙を出すな」と言ったところで、恐怖にかられた子供たちは耳を貸しません。

 騒ぎは、まるで野火のように広がっていきました。


 ……さて。

 実を言うと、亀ライオンさんはこの騒ぎの犯人に心当たりがありました。

 いや、彼だけでなく、本当は同じクラスのほぼ全員が察していたのです。こんな騒ぎを起こすのはアイツしかいない、と。


 その少年を、仮にX君としましょう。


 彼はクラスの嫌われ者でした。イジワルで、そのうえ陰湿いんしつだったからです。


 X君の得意技は、オカルト絡みのイジワルでした。

「赤いペンで名前を書かれたら寿命が縮む」とか「生命線が短いと早死にする」みたいな迷信を仕入れてきては、聞きたくもない相手にネチネチと絡むのです。


「えーっ、おまえ、赤ペンで名前書いたのー? あーあ、寿命ちーぢんだー」

「うーわ。生命線短(みじか)っ。これ明日くらいに死ぬんじゃね? かわいそー。なーむー。チーン」


 と、いったふうに。


 暴力を振るったり、授業を妨害するわけではないので、先生からはさほど問題児扱いされていません。しかし生徒の間では、どんないじめっ子よりも嫌われていました。

 今回の手紙騒動でも、不幸の手紙が届いてしまった子の不安をあおるような言動を繰り返しており、彼以外に犯人は考えられません。

 ただ、これといって証拠がないため、先生に言いつけることはできませんでした。


 そこで亀ライオンさんたちはクラスの有志でこっそり集まり、X君に意趣返しをすることにしました。

 みんなで大量の「不幸の手紙」を書き、放課後、X君の机へ詰めこんでやったのです。


 決行の翌日。登校してきたX君は、自分の机を見て一瞬、顔色を変えました。

 ですがすぐ、いつもの調子を取り戻して、

「はっ、何これ。バッカみてー。紙のムダじゃん。あーあ、マジもったいねー。これ書いた人、地球に謝ってくださーい」

 と言って、手紙の束をどさどさゴミ箱に捨ててしまいました。


 亀ライオンさんは、内心、悔しがっていたのですが……「ゆうびんがくしゅう」が終わってから程なくして、妙なことが起きました。

 X君が、ふつりと学校に来なくなったのです。


 先生にたずねても、「ちょっと家の都合で」とか、「病気みたいでさ」とか、毎回言うことが変わります。

 気になった亀ライオンさんは、ある日、友達数人とX君の家に行ってみることにしました。


 住宅地の真ん中に建つ、平屋の一戸建て。

 そのシルエットが目に入ると同時に、一行は、あることに気づきました。


 庭で何かを焼いているのです。

 当時はまだ、自宅での家庭ごみ焼却が禁止されていませんでした。そのため、庭の焼却炉でゴミを焼く光景が、ごくありふれたものだったのです。


 亀ライオンさんは純粋な好奇心から、X君の家の裏手に回りました。そしてへいの隙間からこっそり、庭をのぞいてみたのです。


 焼却炉の前には誰もいません。

 中に相当たくさんのものを詰めこんでいるらしく、焼却炉の下のき出し口から灰があふれてきていました。その手前には、燃えるゴミの黒いポリ袋。その口から、大量の紙がはみ出しています。

 その紙の正体に気づいた瞬間、亀ライオンさんはギョッとしました。


 手紙です。

「ゆうびんがくしゅう」で使われている、画用紙を切った手作りのハガキもあれば、普通の官製ハガキもあります。茶封筒や便箋びんせんも見えました。

 家庭用ゴミ袋がパンパンになるほどですから、尋常な量ではありません。百通や二百通ではなかったはずです。


 亀ライオンさんがあっけにとられていると、玄関のほうを見に行っていた別の仲間から、「おいっ!」と声が上がりました。


 そちらへ駆けつけた亀ライオンさんは、さらに異様なものを目にすることになりました。


 門柱もんちゅうの郵便受けがハガキでパンパンになり、あふれたハガキが門のまわりに散らばっていたのです。


 おそるおそるその一枚を拾った亀ライオンさんは、手紙の文面を目にして、ウッとうめき声をあげました。

 そう。それはあの、不幸の手紙だったのです。

 おそらく庭に焼かれていたのも、ポストに詰まっているのも、すべて。


「……呪いが返ってきたんだ……」


 誰かがポツリとらした言葉にゾッとした亀ライオンさんたちは、我先に逃げ帰ったとのことです。


 何ヶ月かして、X君の転校が決まりました。

 焼却炉の使い方で近隣とトラブルになったせいだとか、X君が病気になったせいだとか言われていましたが、本当のことを知る手段はありませんでした。


 いえ……亀ライオンさんからのメールを引用するならば、「本当は知りたくなかった」のです。

 X君の身に起きたのが祟りであれ、何であれ……その引鉄ひきがねを引いてしまったのは自分たちかもしれない・・・・・・・・・・

 そう考えてしまう瞬間が、彼にとっては何よりも恐ろしかったのですから。


 * * *


「……ほほお、イイねえ。学校での出来事と、体験者が見た異常な光景、そして一家の転出。すべてが不穏なつながりを示唆しさしているが、何ひとつ明瞭めいりょうな因果は見えない。尻の座りが悪くなるハナシだわ。……おっと、これ、ホメ言葉ね」


 チサティーさんの感想を聞いて、わたしは頭の芯が一瞬真っ白になった。

 うわわわ。あのディバベルにめられちゃった。いやあ、このくらい、大したこともありますけどね。えへっへっへ。


 現在、わたしたちは収録場所を空き教室のひとつに移している。

 カメラの前に五人並んで、怪談とその間のトークを進めてゆく形だ。わたしたちがいつも配信でやっているスタイルに近い。

 普段と違うのは、横にいる顔のいい女の数が四倍になっていることだ。顔面偏差値の圧がすごい。


「うふふ~。私もこういう話、好きよ~。出てくる子、みんな性格悪くて~♪」


 ブーツをいた足を軽く組み直しながら、セーラさんが薄く笑った。


「セーラ先輩は性格悪いお話、好きですよね……」

「やだレンレン、その言い方、私が性悪しょうわるみたいに聞こえるんだけど~? ちょっとエスなだけよ~?」

「……そういえばセーラさんは、ヒトコワ系のお話をよくされていますね」


 わたしが頑張って会話に加わると、彼女は切れ長の目をすっと遠くに向けた。


「……そうね。私が、人の醜さを恐れているから……逆に、そういうお話に惹かれるのかもしれないわ。怪談のチョイスって、その人の思う『怖い』が表れるものでしょう~?」


 確かに、そうかもしれない。

 以前のわたしだったら、たぶん、さっきみたいな話を大舞台に持ち出したりはしなかったはずだ。オカルトマニアが怪異にしっぺ返しを食らう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・話なんて、説教臭くてナンセンスだと。

 まあ今回に限っては、この動画を見るであろうチェーンメールDMアンチ野郎への嫌がらせの意味もあったんだけど……本当は、無意識で恐れていたのかもしれない。

 ニセ霊感少女であるわたしが、本物の霊感をもつひかりを搾取さくしゅしているという、この状況を。


 ……そういえば、さっきからひかりがやけに静かだ。

 ちらっと様子をうかがうと、石膏像せっこうぞうみたいに整った横顔が目に入る。硬いほほの線は、ひかりがガチガチに緊張している証拠である。


 わたしは内心、首をかしげた。

 そりゃあ、ひかりは社交的な人間ではないけれど……だからって、ここまで人見知りを引きずるような子だったろうか。

 アウェイな環境とはいえ、横にわたしもいるし、ディバベルの人たちもフレンドリーに接してくれてるのに……?


 なんて、わたしが考えている間にも、着々と撮影は進んでゆく。

 次の話者には、セーラさんが名乗りをあげた。


「じゃあ、次は私が話していいかしら~? これまで生徒中心のお話だったから~、私は、先生のお話をするわね~?」

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