◆先生の恋人

 いや~な話をするわね~?


 菅野先生っていう、小学校で教師をされていた方が、十年くらい前に体験したことよ~。


 ある年、菅野先生の勤めていた学校に、新任の先生がやってきたの。仮に、石田先生としておきましょうか。

 石田先生は真面目な人で、生徒からのウケもよかったんだけど……しばらくするうちに、なんだか悪い噂が立つようになったの。


 石田先生に、女の幽霊が取り憑いてるっていうのよ。


 廊下を歩いたり、ひとりでテストの採点をしてたりする石田先生のすぐ後ろに、ときどき、女の人の姿が見えるらしいの。首に息がかかるくらいの至近距離よ。しかも季節は春とか夏なのに、ニットの帽子やカーディガンで厚着していて……目撃者が「えっ?」と思った次の瞬間に、パッと消える。

 そんな現象を、生徒や保護者が何人も目撃しているっていうの。


 さすがに見間違いだろうとも言い切れなくなって、学年主任だった菅野先生は、ある日、石田先生を問い詰めてみるとにしたの。

 そうしたら石田先生、急にぽろぽろ泣きはじめてね。


「それ、二年前に亡くなった僕の恋人です。彼女、今でも僕のことを見守ってくれてるんです」


 そう言って、神社のおまもり袋を見せてくれたの。なんでも、亡くなる直前に彼女からプレゼントされた形見の品だっていうんだけど……変なのよ、それ。

 なんだか、妙に膨らんでるの。

 菅野先生は不審に思って、石田先生に頼んで、中を見させてもらったのね。そうしたら。


 お守り袋には、人間の髪の毛がぎしっぎしに詰まってたんですって。

 それも切った髪じゃないの。毛束の根元に、毛根の白い玉とか頭の皮の一部とかがくっついて、パリパリに乾いてるのよ。どう見ても、力任せにむしった髪の毛なんですって。


 うふふ! 気持ち悪いわよね~♪


 菅野先生は、こんなもの捨てなさいって言ったんだけど、石田先生はなぜか異常なくらい反発するのね。

 これは彼女との大切な思い出だから大事にしなくちゃいけない、とかなんとか。でもおかしいじゃない? そんな呪いの品みたいなもの、後生大事に持ってるなんて。


 だから菅野先生は半分力づくで、石田先生を近くの神社に連れて行ってね。

 顔なじみの神主さんにお願いして、例のお守りをおき上げの火に入れさせてもらったの。

 そうしたら石田先生、まさに憑き物が落ちたみたいにスッキリした顔になって、


「菅野先生、ありがとうございました。頭にかかってたモヤが晴れたみたいな気持ちですよ。……あの女、僕に捨てられたからって、あてつけで自殺しやがりましてね。そいつが死ぬ直前、郵便で送りつけてきたのがあのお守りだったんです。いやあ、なんであんなもの持ち歩いちゃってたんだろうなあ」


 って言ったの。


 それ以来、石田先生に付きまとう女の姿が見られることはなくなったそうよ。

 聞いた話によると、石田先生は転任先の学校で職場結婚して、今では子供もいて元気に暮らしてるらしいんだけど……。

 菅野先生はこのことを思い出すたびに、なんだかモヤモヤするんですって~♪


 * * *


 からん、から、からん。


 セーラさんが、真鍮しんちゅうのハンドベルを鳴らした。握りのところが十字架の形になっている。


「い……嫌な話、ですね……」

「でしょう~? だから好きなの~♪」


 わたしが思わず顔をしかめると、セーラさんはものすごくいい笑顔を浮かべてみせた。心なしか、さっきより顔がつやつやしている。


「石田先生もたいがいですけど……女のほうも女のほうですね。自殺までして石田先生に取り憑いたのに、プレゼントを焼かれたくらいであっさり消えてしまうなんて」


 どうせならクソ男をもっと祟ってやればよかったのに、なんて、幽霊のほうに肩入れしちゃったりして。


「そうね~。だけど霊って、本来ならばこの世にいるはずのないものでしょう? 消えるときは、案外あっさり消えちゃうものなんじゃないかしら~」

「それはあるかもねえ。幽霊がこの世に留まるにゃあ、やっぱ、相応のフックが必要なんだろうよ」


 と、会話に加わってきたのはチサティーさんだ。


「フック……ですか?」

「そう。霊魂をこっち側につなぎとめる、くさりというか、いかりというか……。えんつながり・・・・と言い換えてもいいかもしれないね。この世と縁が切れちまったモノは、おとなしくあっち側に行くしかない」


 つながり――か。

 そのキーワードには聞きおぼえがある。前回の事件のとき、ひかりも同じ言葉で、自分たちと霊との関わりを表現していた。

 いわく、多くの霊は、生者との「つながり」を求めている。

 いわく、霊感のある人間というのは、「つながり」やすい人間である。霊媒体質であるひかりは、なおさらだ。


「ま、要はそのオバケが何に執着してるかって話なんだろうさ。今のセーラの話でいうなら、女が執着してたのはヒトじゃなくてモノ……依代として作ったお守り袋のほうだったんじゃないのかね」

「じゃあ……もし、ヒトのほうに執着していたら?」

「今頃は男を取り殺して、一緒になってたかもしれないね。ま、そうする度胸がないからこそ、お守りなんぞに憑いてたのかもしれないが――」


 と、話がひと段落したところで、いよいよひかりの順番が回ってきた。


「えっと……それじゃ、次はぼく……やね」


 今日、どんな怪談を話すかについては、事前にひかりと打ち合わせしてある。これから話してもらうのは、このうちのひとつだ。


 わたしはひかりに目くばせしつつ、カメラの死角で、「ガンバレ!」と拳を握ってみせる。

 それに気づいたひかりの目元が、かすかになごむのがわかった。

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