◆はなちゃんがほしい

 ほんとはヤミちゃんのところにDMされてきたお話っちゃけどなんだけど、今日はぼくがしゃべらせてもらうね。


 花鳴はなさんっていう人が、小学二年生やったときのお話。

 花鳴さんには「まあちゃん」っていう、近所に住んどーすんでるお友達がおったと。


 花鳴さんとまあちゃんは仲良しやったっちゃけどだったんだけど……ある日突然、まあちゃんは事故で死んでしまったっちゃん。


 お葬式が終わってからも、花鳴さん、ずーっと悲しくってね。毎日、まあちゃんのこと想って泣きよったげなないてたんだって

 そしたら、一緒に住んどー花鳴さんのお婆ちゃんがね、こげんこんなふうに言うと。


「死んだ人んこつのこといつまでも考えるのばやめりぃやめなさい。この世に引き留めてしまうけん。まあちゃん、成仏できんくなるばいできなくなるよ


 って。

 ……あ、ほんとはこげんなまっとらんかったと思うけどね。関東のお話らしいけん。


 でも花鳴さんは、そげんそんなふうに急に言われても、納得できんかったっちゃん。

 お婆ちゃんも、それがわかったっちゃろうね。


「じゃあ、せめてこのお守り持っときんしゃいもっていなさい


 って言って、お守りの袋ばくれたと。

 普通に神社で売っとーうってる厄除やくよけのお守りやったってだったんだって

 花鳴さん、お守りげななんてダサいし嫌やなあって思ったっちゃけど、お婆ちゃんがあんまり強く言うけん、ランドセルにつけることにしたっちゃん。


 それから、何日かして。花鳴さん、授業中に熱ば出してしまって、保健室に連れて行かれたと。

 お昼休みが終わっても熱が下がらんやったけん、今日はお母さんに迎えに来てもらった方がよかね、って話になって。お母さんのパートが終わるまで、保健室のベッドで休むことになったと。もう帰りの支度もして、ランドセルもベッドの横に置いとったげな。


 五時間目の授業がはじまってしばらくして、養護教諭の先生が用事で出ていってしまって、保健室に花鳴さんひとりになるときがあったと。

 花鳴さんは横になったまま、遠くから聞こえてくる体育の声とかをぼーっと聞きよったらしいっちゃけど……そのときにね。


 ――かーってうれしい、はないちもんめ。


 声が聞こえてきたと。


 ――まけーてくやしい、はないちもんめ。


 何人もの子供が声ば合わせとーっちゃけどてるんだけど、暗―いと。遊んどー声なのに、全然楽しそうじゃないっちゃん。


 その声が、なんでか部屋の中から聞こえた気がして……花鳴さん、フッと顔ば上げたと。

 そしたら、ベッドを囲ったカーテンに、子供の影が映っとーっちゃん。

 ひとりやふたりやなくって、たくさん。ずらずらーっと横並びになって、手つないどーと。

 その子たちがね、やっぱり暗ぁい声で言うっちゃん。


 ――はーなちゃんがほーしい。


 急に名前ば呼ばれて、花鳴さん、怖くなったと。

 でも、それだけじゃなかったっちゃん。なんだかその中に、知っとー声が混じっとー気がしたとよ。


 ――はーなちゃんがほーしい。


 今度ははっきりわかった。

 それ、死んだまあちゃんの声やったと。

 そう思ったら、列のはしっこにおる小さい影が、だんだんまあちゃんみたいに見えてきた。

 ……あげん会いたかったまあちゃんやけど、こげんしてこうやって本当に出てきたら、もう怖くってねえ。

 花鳴さん、お婆ちゃんがくれたお守りばつかんで、叫んだと。


「帰って!! もう来んで!!」


 次の瞬間。

 ガラガラッて保健室の戸ば開けて、保険の先生が戻ってきてね。花鳴さんの声が聞こえたんやろうね。「どうしたと?」ってベッドば見に来てくれたと。


 そのときにはもう、カーテンの向こうにおった人影は消えとった。やけん、悪い夢ば見たっちゃろかのかなあ、って思ったっちゃけど……。


 保健室の床には、泥靴どろぐつの足跡がいっぱい残っとったげな。まるで、たくさんの子供が立っとったみたいな……。


 * * *


 語り終えると同時に、ひかりがほぅ、と息をつく。

 よかった。今日はずーっと緊張していたひかりだけど、なんとか怪談はつつがなく語り終えることができた。

 知らないうちに自分の両手を固く組み合わせていたことに気がついて、わたしは苦笑した。そっと力を抜く。


「いい話、だけど……ちょ~っとせないところがあるわね~。その、まあちゃんといっしょに出てきた子供たちはどこの誰なのかしら~?」


 セーラさんの疑問はもっともだ。ひかりに代わって、わたしが答える。


「そうなんです。体験者の花鳴さんは、同じ年に事故で亡くなった子たちじゃないかと言っていましたね。その年は、やけに子供の事故が多い年だったそうなので」


 とはいえ、あくまでも推測の域を出ないので、お話に仕上げる過程でばっさりカットさせてもらったんだけど。


「なるほど。そう考れば一応、筋は通るわけね~」

「まあ死者が生者をひっぱっていく・・・・・・・なんてぇのは、昔っからよくある話だしねえ」

「あの、ヤミひかさん」


 と、チサティーさんのコメントに割って入ったのは、それまで静かに座っていたレンレンさんだった。


「関東の話、とおっしゃいましたね。具体的な場所はお分かりになりますか? 時期は? いつ頃の話なのか、差し支えなければ聞かせていただきたいのですが」


 突然の質問攻めをくらい、わたしはあわてて愛用のバインダーを引っぱり寄せた。


「場所は東京の隅っこのほう……ですね。取材はDMのやりとりだけだったので、時期とかまではちょっと」

「そうですか……」


 ディバベルのふたりにとってもレンレンさんの前のめりな態度は意外だったらしく、チサティーさんは不審げに眉をはねあげてみせる。


「どしたレンレン? 何か引っかかるとこでもあったのかい」

「……はい。実はロケハンの際にこの橘市一帯でフィールドワークを行い、怪談を聞き集めてみたのですが……そこで聞いたお話と、先ほどの怪談との間に、奇妙な類似点が見られるのです」

「ひかりの話と……ですか?」

「いえ」


 レンレンさんはきっぱりと首を横に振った。


「ヤミさんのお話とひかりさんのお話、どちらとも──です」


 わたしとひかりは、思わず顔を見合わせていた。

 同時に、足元からぞわぞわと冷気が這い上がってくるような、嫌な感覚。

 この感じには……おぼえがある。


「ほほう。そりゃ気になるねえ。聞かせてくれるかい?」

「まだ情報を整理しきれていないので、場所や個人を特定できる情報が入ってしまうかもしれませんが……」

「生配信じゃないから、大丈夫じゃな~い? 後で精査して、まずかったら編集でカットしちゃいましょ~」

「そうですね。わかりました。……これは、ある一連の怪事にまつわる、ひとりの女性の体験談です。その怪事に名をつけるとするならば――『カンカンカンのメール』」


 瞬間。

 わたしの全身に、ぶわりと鳥肌が立った。

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