◆怪談:カンカンカン

 話を聞かせてくれたのは、専業主婦をしておられる女性の方です。ほんの立ち話程度のつもりでお声がけしたにもかかわらず、このようなお話を頂戴できたのは僥倖ぎょうこうでした。

 橘市たちばなしで、立ち話。

 ……いえ。なんでもありません。


 不気味な話をしましょう。

 主人公は、お話を聞かせてくださった方のご友人――名前を、加奈江かなえさんとしておきます。


 二十二年前。加奈江さんたちが、小学六年生の頃の話です。

 当時、彼女たちの通う橘小学校では不幸の手紙が大流行していました。……はい。まさに今、私たちのいるこの場所のことです。


 問題の手紙ですが、どうやら、かなり不謹慎なものだったようですね。

 不幸の手紙が流行する数年前、橘小学校では、ひとりの児童がいじめを苦にして自殺しています。

 手紙の文面には、列車に飛びこんで亡くなったその児童が怪異と化し、バラバラになった手足を取りに来るという内容が書かれていました。

 その怪異の名が――カンカンカン。


 流行の震源地となったのは三、四年生でしたが、それはみるまに学校中へ広がり、加奈江さんのクラスでもカンカンカンのメールが飛び交うようになりました。

 そしてとうとう、加奈江さん自身にもこの手紙が送られてきてしまったのです。


 六年生ともなると、不幸の手紙なんて鼻で笑って破り捨ててしまうような子も少なくありませんでした。が、全員がそうではありません。中には、真剣に怖がっている子もいたようです。

 少なくとも、学校全体が、軽い集団パニックになりかけていたのは間違いないようですね。


 さらに、その年、橘市では子供の列車事故が異様な頻度で起きていたという証言もあります。

 こちらについてはある程度裏がとれていまして、地域の方々が事故防止に取り組んだ記録が残っていました。踏切周辺の道路整備や、最寄り駅へのホームドア設置などですね。

 決して、不幸の手紙と列車事故とを結びつけていたわけではないと思いますが……大人たちは大人たちなりに、何かを感じていたのではないでしょうか。


 さて、問題の加奈江さんですが……この方はかなりの怖がりで、手紙の件も、本気で悩んでいたようです。

 カンカンカンは怖い。しかし、手紙を回すのはもっと怖い。

 もしも送り主が自分だと知られたら、手紙を受け取った相手から責められてしまう。それは手紙の怪異よりも現実的な脅威でした。


 加奈江さんは迷って、迷って……結局何の行動も起こせないまま、手紙を回すタイムリミットを過ぎてしまいました。


 その日を境に、加奈江さんは異様なモノにつきまとわれるようになります。

 横並びに手をつないだ、十数人の子供。

 そんなものが路地の奥の通りや公園の入り口に立って、こちらを見ているというのです。


 はじめ、子供たちの姿はとても遠く、単に下級生がふざけて遊んでいるだけかと思われました。

 ですが、その姿は日に日に近づいてきます。それに伴い、彼らの声が聞きとれるようになってきました。

 子供たちは声を合わせて、

「かーんかーんかーんかーん……」

 と、踏切の音の声真似をしていたそうです。

 それに気づいた加奈江さんがゾッとして立ちすくむと、今度は、

「かーなえちゃんがほーしい……」

 と呼びかけてきます。


 加奈江さんはますます怖くなり、大急ぎでその場を逃げだしました。

 ですが角を曲がり、ビルの駐車場を抜けて近道をしようとしても、子供たちは行く先々に先回りし、数にものを言わせてこちらを通せんぼしています。助けを求めたくても、そんなときに限ってひとりの通行人も現れません。


 子供たちの集団から逃げ回るうちに、加奈江さんはあることに気づきました。

 知らず知らずのうちに、自分のよく知る道に入りこんでいたのです。


 ……実は不幸の手紙をもらって以来、加奈江さんは正規の通学路を使っていませんでした。

 家と学校との間には踏切があるのですが、加奈江さんは、列車事故で死んだカンカンカンがそこに現れるのではないかと考えていたのです。

 そこで、わざと遠回りになる道を通って、家と学校とを往復していたのですが……通せんぼする子供たちを避けるうち、気づけばその通学路に入りこんでしまっていました。このまま進めば、例の踏切にたどり着いてしまいます。


 あの子供たちは、自分を踏切へと追いこむつもりなんだ。

 そう思うと、ゾッとして足がすくんだそうです。


 幸い、子供たちは広い道には現れません。横並びになっても封鎖しきれないような空間には、出てこられないようでした。

 そのことに気づいた加奈江さんは、さらに遠回りになることを承知で幹線道路をたどり、なんとか自分の家まで帰りつくことができました。

 そして自室へ逃げこむと、クラスの友達へ、電話で助けを求めたのです。


 この話を聞かせてくれた方も、加奈江さんのSOSを受けたうちのひとりでした。

 彼女は正直、加奈江さんの話を信じていませんでした。他のクラスメイトたちも同じです。

 なぜなら、その中の少なくないメンバーが同じカンカンカンのメールを受け取っていたにも関わらず、加奈江さん以外の誰も怪異に遭遇していなかったからです。

 とはいえ加奈江さんの怯えようは本物でしたから、この際、気休めでもなんでもいいので、加奈江さんを安心させる方法を探してあげよう――ということになりました。

 そして友達のひとりが、ある噂を聞きつけてきたのです。


 それは、「ある家宛てに不幸の手紙を十通送れば呪いが解ける」というものでした。噂とともに、その家の住所も出回っており……どうやら、同じ市内にある普通の民家のようでした。


 知らない家に不幸の手紙を送ることに抵抗はあったようですが、実際に危機を体験したことが加奈江さんの背中を押したのでしょう。

 加奈江さんは結局、その家に不幸の手紙を送りました。そして、それを境に、例の子供たちが姿を現すことはなくなったということでした。


 話は、これで終わりです。


 お聞きいただければわかったかと思いますが、お話を聞かせてくれた方は、これが怪談とは思っていません。怖がりなクラスメイトが、不幸の手紙の流行に踊らされて大騒ぎした思い出――せいぜい、その程度の認識です。


 本当ならば私も、もう少し調べを進めてから発表するつもりでした。実話としての裏付けが、少々足りないように思いましたので。

 ですが……先ほどヤミさんが話してくださった、不幸の手紙のお話。そして、ひかりさんのお話。

 このふたつのお話を重ねることで、何らかの事実が浮かび上がってくる……そんなふうに思えてならないのです。

 みなさんは、どう思われますか。

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