●長い長い死者の列

 シャ―……ンンン……。


 レンレンさんが鈴を鳴らして、話の終わりを告げる。

 たくさんの小さな鈴がひとかたまりになった、神楽鈴かぐらすずだ。


 真夏の室内はうだるような暑さだというのに、わたしの全身を伝う汗は氷のように冷たかった。


 同じだ。あのときと。

 別々の話だと思っていたものが、まるでジグソーパズルみたいに組みあがってゆく。

 発掘してきた怪談同士がリンクするのは実話怪談の醍醐味だいごみで、本当なら撮れ高ありまくりと喜ぶべきところだ。でも、今のわたしは、まったくそんな気になれない。

 先月の事件でも、これとまったく同じ体験をしたからだ。

 あのとき、わたしは自分でもそうと気づかないうちに、ハリコさんという巨大な怪談に巻きこまれていた。そして、あと一歩で命を落とすところだったのだ。


 わたしは怪談が好きだ。

 でもそれは、あくまで安全圏から楽しむ「お話」としてだ。自分が怪談の登場人物になってしまうのは話が違う。

 断じて、違う。


 * * *


 予定を七割がた消化したところで、撮影は一時休憩に入った。

 時刻は五時すぎ。校舎に差しこむ光が、徐々にオレンジ色に染まりはじめている。

 水道はまだ生きていると教えてもらったので、わたしとひかりは、一階の女子トイレへ用を足しに行くことにした。


 コトを済ませ、ぬるい水道で手を洗う。

 水垢みずあかで濁った鏡に映る自分の顔を見ながら、わたしは、必死で頭を働かせていた。


 とりあえず落ち着こう。怪談が集まってきたからって、まだわたしが呪われてると決まったわけじゃない。

 先月の一件は、わたしがうっかり心霊スポットで撮影カマしてしまったのが原因だった。

 今回の発端は、間違いなくアレだ。先週の土曜日に送られてきた呪いのDM。


 くそっ。あの捨てアカアンチ野郎、とんでもねーもん送ってきやがって……! 確か、五日以内に転送すればセーフなんだっけ? ああでも、もう削除しちゃったからそれはできないか……。


 ……とにかく、ひかりに相談しよう。

 先月の一件をわたしが生き延びられたのは、ひかりがいたからだ。本物の霊感と、霊媒体質を持つひかりなら、何か……。


「あのね、ひか……」

「ヤミちゃん、あのね」


 声がかぶった。


 びっくりして互いの顔を見交わす。ひかりがちょっと慌てたふうに、


「ごめん。ヤミちゃん、先に話してよかよ」

「あら、いいのよ。遠慮しないで、ひかり」

「よかって」

「私もいいってば。……ああ、めんどくさいっ。じゃーんけーんぽん!」


 ひかりは咄嗟とっさにグーを出した。わたしはパー。


「勝った! じゃあ、ひかりが先ね」

「え~? 勝ったほうが先やないと?」

「甘いわね。こういうときは、勝者の要求が通るに決まっているでしょう」

なんそれー」


 ひかりは呆れたように笑うと、すっと真顔になって、


「あのね。ぼく……あのカンカンカンって話、知っとったっちゃん」

「えっ?」

「この前の配信で、ぼく、Twisperのアカウントのことみんなに話したやろ? そのすぐ後に、DMに変なメールが来とったっちゃん。これは、カンカンカンの呪いの呪文です、みたいなやつ……」


 なッ……なんですと!?


「ぼく、こげんメールば広げたらいかんって思ったけん、無視しとったと。でも、それからずーっと、なんか変なのがついてきとーついてきてる感じがしとって……」


 ひかりの様子がずっと変だったのは、それが理由だったのか。

 だけど待て待て、待ってくれ。

 怪談がリンクしていただけじゃなくて、ひかりがよくないものを感じていたってことは、やっぱり……。


 そのときだった。

 わたしが背にしたトイレの窓から、ひどく陰気な声が聞こえてきたのは。


 ――かぁ……ん。


 弾かれたようにそちらを見る。

 旧たちばな小のトイレの窓には、白っぽく加工されたりガラスがまっていた。

 そこに、ぼやけた人の頭が映っている。

 小さい。子供だ。それもひとりではない。若干凸凹でこぼこになったシルエットが、見える限りで三人、横並びになっている。


 ――かぁ……ん。かぁーん。


 声が増える。男の子の声。女の子の声。ときおり、大人の声らしきものも混ざる。


 ――かーん。かーん。かん。かん。かん。かん……。


 声はみるみる膨らんで、世にも陰気な合唱となった。どこか読経を思わせる一本調子で、かん、かん、かん、と繰り返している。


 音に押されて後ずさる。

 わたしの横では、まるでヘビににらまれたカエルのようにひかりが硬直していた。

 大理石のように白く、固くなった美しい横顔の中、無色透明の瞳だけが小刻みに揺れている。


「……ひかり!」


 考えるより早く、ひかりの腕をひっつかんでトイレを飛び出した。


 ディバベルだ。彼女たちと合流しよう。

 この際、あの人らが霊能者だろうとそうでなかろうとどっちでもいい。とにかく、人のいるところへ……。


 そんなわたしの思惑おもわくは、廊下へ飛びだした瞬間に粉砕された。


 手をつないだ人影が、廊下を封鎖している。

 ランドセルを背負った低学年の男の子。高学年くらいの女の子。制服姿の女子中学生に、体操服を着た少年。

 列の一方は教室の中へ消え、もう一方は半開きになった窓越しに、外にいる誰かと手を結んでいる。

 全員、ゾンビのような灰色の顔をしてうつむいていた。目は開いているが何も見ていない。ただ、ぶつぶつと同じ音を繰り返しているだけだ。


 ――かん。かん。かん。かん。かん。かん……。


 わたしが呆然ぼうぜんとしていると、


「こっち……!」


 今度は逆に、ひかりに腕を引かれた。


 突進した先は昇降口だ。靴を履いたままなのをいいことに、そのまま裏庭へ飛びだす。

 そうだ、校庭。広い場所へ行こう。

 さっきの話でも、カンカンカンは広い道には出てこられないことになっていた。


 体育館の陰を飛び出し、校舎の正面に回ると。

 校庭の一角を斜めに切り取るように、人影が、長い長い列を作っていた。


 三十人……四十人……いや、もっといる。列の長さも五十メートルではきかない。

 西日が逆光になって顔は見えず、校庭に落ちた影は長い。大人のシルエットもあるが、ほとんどは子供だ。

 正門へ向かうルートは、完全に塞がれていた。

 そして地の底から響いてくるような、暗い暗い合唱。


 ――かん。かん。かん。かん。かん。かん……。


 じゃり。


 足音を揃えて、死人の列が一歩、こちらへにじり寄ってくる。


 じゃり。

 じゃり。


 一歩、そしてまた一歩。こうべをだらりと垂れ、ゴム人形のようなぐにゃぐにゃした動きだけれど、まるで巨大な壁が迫ってくるような圧迫感を感じる。


 ――ひかーりちゃんがほーしい……。


 じゃり。


 ――ひかーりちゃんが……ほーしいぃぃぃ……。


 声にならない吐息を漏らして、ひかりがきびすを返した。

 腕を引かれて、いっしょに走りだす。裏庭へ。裏門へ。鍵がびてバカになった門を押し開け、住宅地を貫く直線道路へ飛びだした。


 その先には、踏切があった。

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