●ムカデ対キツネ

 まずい。


「ひかり、こっちはダメ!! 踏切が――」


 引き返そうとした背中が、ドン、と何かに触れる。

 やわらかいけれど、タイヤのゴムみたいにビクともしない。そして、氷のように冷たい。


 いつの間にかすぐ真後ろに、子供たちの列が迫っていた。


「……いいっ!?」


 飛び退いた。


 人々の列は「かん。かん。かん。かん」をくり返しながら、ざりざりと横歩きで移動をはじめる。

 個々の意思というより、まるで一匹の巨大なムカデがのたくっているような、異様な動きだった。


 動きの先頭にいるのは、赤いトレーナーの女の子だった。

 背を向けていて顔はわからないけれど、小学校高学年くらいだろうか。右手を別の女の子とつなぎ、その先が子供たちの長い列に続いている。空いた左手にぶら下げているのは、大きな黒いポリ袋だ。

 その子の歩きに牽引けんいんされて、カンカンカンの長い列は移動を続ける。車道を横断し、まるで大きなを作るように――って、まずい!!


「囲まれるっ!!」


 硬直していた体が動いたときには遅かった。背後も左右も人垣に塞がれている。進むことができるのは正面――踏切の方向だけだ。


「ひかーりちゃんがほーしい……」


 せばまりだした。

 踏切のほうへ、追い込まれている。わかっていてもそっちに走るしかない。

 今さらながら、あたりが異様に静かなことに気がついた。住宅地の中にいるのに、誰も通らない。車の音もしない。セミの声すら聞こえてこない。


 その静寂を切り裂くように……カン。

 カンカンカンカンカンカン。


 本物の踏切の音が、大きく響きわたりはじめた。赤いランプが左右交互に点滅し、遮断機がゆっくりと降りてくる。


 子供たちの列は当たり前のように遮断機の横を抜け、線路をまたぎ越して、その先の道まで塞いでいる。その上で列を降りたたむようにして、環の直径をみるみるせばめているのだが――。


(あれ?)


 なんか変だ。

 環が、半端なところで途切れている。

 例の赤いトレーナーの女の子が、環が完成する直前、道路の半端なところで立ち止まっているのだ。まるで、そこに見えない壁でもあるみたいに。

 収録開始前にちらりと見た、稲荷社の鳥居。その正面だった。


 神社に近づけない?

 いや、ちょっと違う。たぶん、鳥居の正面の道――参道をまたげない・・・・・・・・んだ。

今は道路になっているけど、昔の参道はもっと長く伸びていた。カンカンカンが立ち止まっているのは、かつて参道が通っていた場所の前だ!


「ヤミちゃん、あそこ……!!」


 わたしとほぼ同時に、ひかりもそのことに気づいていた。

 すでにバテ気味のわたしを引っぱりながら、ひかりが走る。カンカンわめきたてる踏切の前で直角に折れ、鳥居の内側へ転がりこんだ。


 ゴーッ!! と音を立て、神社のすぐ脇を電車が通過してゆく。


 ……助かった!!


「へへーんだっ! ザマぁみなさいよバ――ッカッ!! 悔しかったらここまでおーいでっ!!」


 安置あんちに入ってしまえばこっちのものだ。

 わたしは両手でキツネを作ると、姿の見えないカンカンカンをあおり倒した。

 来るなら来てみろ、ここはお稲荷さんの聖域なんだぞっ。お前らみたいなオバケが入れるもんかっ!


 と――カンカンカンの列が、再び動く気配がした。


「えっ?」


 稲荷社の敷地は生け垣で囲まれていたのだけれど、そのすぐ外側をじゃりじゃりと通り抜ける音がする。生け垣と隣の民家のへいとの間にはほんの数センチの隙間しかないはずなのに、カンカンカンはまったくお構いなしだ。


 もしかして……今度は、わたしたちを神社に閉じこめようとしてる?

 正確に言うなら、かつて神社の敷地だったエリア・・・・・・・・・・・・・・ってことになるのだろうけれど……閉じこめられたことには変わりない。


 キツネの威を借りていたわたしの勢いは一瞬でしぼんだ。


 やばいやばいやばい。どうしようどうしよう。


「ひっ、ひかり――」


 見ると、ひかりは稲荷のほこらの前にひざまづき、両手を固く握りしめていた。


「神さま。神さま、神さま……」


 ……神頼みかよっ!


(そうか。さっき、子供の守り神とか言ってたから……)


 けど、ここで神様がパーッ都合よく降臨してくれると信じられるほど、わたしは楽観主義者ではない。


 ――ひかーりちゃんがほーしい。

 ――ひかーりちゃんがほいーしいぃぃ……。


 ひかりの祈りを嘲笑うように、神社の敷地を遠巻きに包囲したカンカンカンが、陰気なシュプレヒコールを浴びせてくる。姿こそ見えないが、存在感が薄まる気配はない。

 同時に、妙なことに気づく。


(こいつら、なんでひかりばっかり……)


 必死で逃げ回っていたから気づかなかったけど、「ヤミちゃんがほーしい」と言われた記憶がない。


 わたしが心の中で首をかしげた瞬間。

 ごぼり、と泡のはじける音がした。


 神様の御座おわす祠のほうではなく――鳥居のほうから。

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