◆青い犬

 あれは、ぼくがまだ福岡に住んどったすんでたころやった。


 お母さんの部屋の、ずっと使っとらん化粧台けしょうだいに……三面鏡さんめんきょうって言うと? パカパカッて窓みたいに開く鏡があったっちゃん。

 あれって、角度ばうまーく調整したら、鏡の中に、ぼくの姿がズラズラズラーっていっぱい映るやん。合わせ鏡って、そういうことやろ?


 あの日はねえ。ぼく、お母さんの部屋で遊んでて、初めて合わせ鏡のことに気づいたっちゃん。

 まだ小さかったけん、それが不思議で、面白くて。夢中になってジッと見とったっちゃん。

 夕方になって、だんだん外が暗くなってきて……そろそろやめようか、って思ったとき。

 どこまでも続いとーつづいてる合わせ鏡の世界の、ずっとずっと奥のほうに、何かがチラッと見えたとよ。


 青かった。動いとった。


 合わせ鏡なら、映るのは全部同じものやんか。

 ばってんだけどそれは、一番奥の奥の、小さく見えとー鏡の中にだけ映っとったと。

 そして。

 ぼくが「なんやろう?」って思っとー間に、どんどんこっちへ近づいてきたっちゃん。


 なんか、奥の鏡から手前の鏡へ、ジグザグにジャンプしてくるみたいに見えた。

 四本足で、胴体がすらっとしとって……犬みたいって思った。柴犬とかカワイイのじゃなくって、ドーベルマンみたいな怖いやつ。そんで色は真っ青よ。

 そいつが、くちばグワッと開けて飛びかかってくるみたいに見えたけん、ぼく、あわてて三面鏡ば閉めたっちゃん。


 そしたら、その瞬間、鏡がゴトン! て揺れたとよ。

 まるで、鏡の中から誰かが叩いたみたいに。


 だからぼく、今でも合わせ鏡はせんようにしとーっちゃん。怖いけん。


 * * *


「……青い犬、ねえ。なんだったのかしら」

「さあ。……ヤミちゃんでもわからんと?」

「わたしにだって、わからないことくらいあるわ。ああ、でも……もしかしたら、かもしれないわね」

「あ、悪魔?」

「そうよ。合わせ鏡をすると、悪魔の通り道ができるという俗信があるの。……そう考えると、もったいないことをしたわね。悪魔の尻尾しっぽを聖書に挟んで捕まえれば、願いを叶えてもらえるそうよ」

しきらんできないよ、ぼく……そげんこと。見ただけでもちかっぱすごく怖かったのに」


 ひかりが急に不安そうな顔をしたので、わたしは笑って、肩を叩いた。

「そんなに心配しなくてもいいじゃない。今は、わたしがついているでしょう?」

「……そうやったね。うん、大丈夫」

「よかった。じゃあ続けましょう。次のお話は、フォロワーの……」

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