●飛び降りマンション(1)

 そのあとも、雑談をまじえながら怪談を語っていく。

 そんなことをしているうちに、予定していた一時間はアッという間に過ぎてしまった。


「あ、ヤミちゃん。もう一時間過ぎとーって」

「あら、もうそんな時間? ……名残惜しいですが、そろそろお別れしなくてはなりませんね。闇に魂を惹かれたフォロワーのみなさん。また来週、怪奇と幻想の世界でお会いしましょう。よければチャンネルフォローと『いいね』ボタン、お願いしますね。……ごきげんよう」

「ばいばーい」


 配信を終わらせてカーテンを開けると、外はすっかり夕方になっていた。

 空も街も、ネイビーオレンジの二色でくっきり染め分けられている。


「じゃあヤミちゃん、ぼくも帰るけん」

「ええ、おつかれさま。来週もよろしくね。帰り道、気をつけて」

「うん」


 にこにこしながら帰っていくひかりを玄関まで見送ると、わたしはダッシュで自分の部屋へ戻った。

 現在のフォロワー数を確認するためだ。


 スマホにかじりつくようにして、UMOVEユームーブのアカウントページを確認する。

 現在のフォロワー数……996人!


「っかぁ~! 惜しい! もーちょっとで1000人なんだけどな~!」

 ベッドに倒れこんで、両手両足をジタバタさせる。

 ひとしきり暴れたあと、アドレナリンの切れたわたしはぐでーっと脱力した。


 百均のプラ板で作った安っぽい六芒星が、無関心にわたしを見下ろしている。


(フォロワー1000人、か……)


 別に、1000人達成したからって何かがもらえるわけじゃない。

 わたしがフォロワー1000人を意識しているのは、単にUMOVERユームーバーをはじめるときに立てた目標がそこだった、というだけの話だ。

 人気UMOVERユームーバーなら、フォロワー100万人越えは当たり前。トップ層に食いこみたかったらその十倍、二十倍ものフォロワーが必要になってくる。

 そんな雲上人うんじょうびとからしてみれば、フォロワー1000人なんてせいぜいハナクソ程度の存在でしかないだろう。

 でも一般JCじょしちゅうがくせいにとって、1000人はものすごく夢のある数字だ。それでいて、ギリギリ現実的に目指すことが可能なラインでもある。


 わたしはスポーツもできないし、そこまで勉強が得意なわけでもない。芸術センスは高が知れ、コミュニケーション能力はゼロ近似。怪談以外の話題で他人と話すなんて無理オブ無理のド陰キャだ。


 そんなわたしが、もしもフォロワー1000人を達成することができたら。

 他人から、それに見合った数の「いいね」をもらえたならば。

 わたしはちょっとだけ、わたしのことを好きになれるような気がする……。


 がたがたがたッ。


 急に窓が鳴った。

 わたしは驚き、顔を上げる。


 風だ。

 強風で、窓ガラスがびりびりとふるえている。

 その光景を見ていると、わたしの頭にふと、二カ月前の記憶がよみがえってきた。


(そういえば……あの日も、こんなふうに強い風が吹いてたっけ……)



 わたしが朝日奈ひかり……いや、神代くましろひかりと出会ったのは、今年の四月。

 わたしが中学校にあがって間もなくのことだった。


 * * *


 ある金曜日の放課後。

 わたしは学校が終わると、ちょっと離れた公園のトイレに向かい、そこで動画収録の準備を開始した。


 制服を黒系ワンピに着替え、眼鏡をコンタクトレンズにチェンジ。アイラインとダークカラーのリップで仕上げをすれば、地味女子の村上康美は、霊感少女・夜神ヤミへと華麗な転身を遂げる(ションベン臭い公衆トイレが華麗かどうかはさておき)。

 着替えを終えたらバスに乗り、自分の暮らす神奈川県北録城きたろくじょう市から、隣の南録城みなみろくじょうへと移動。

 目的地は街のはずれ。海に面した廃マンションだ。

 そこは、通称「飛び降りマンション」と呼ばれる心霊スポットだった。

 その日のわたしの目的は、心霊スポットで怪談動画を撮ることだったのである。


 そのころ――わたしの「夜神ヤミ怪談チャンネル」は、フォロワー数が400人ちょっとのところで伸び悩んでいた。

 思うに原因は、コンテンツ力不足。

 ティーンの女子が怪談をするという物珍しさがあれば、多少は人を集められる。だけど、そこから上を目指すには、やっぱり動画自体に魅力がなくてはいけない。


 それにはもちろん、超ウルトラスーパー怖い怪談をバンバン発表するのが一番なのだけれど、そんななんてそうそう転がってるもんじゃない。フォロワーにも募集はかけていたけれど、使えそうな話が送られてくることはごくまれだった。

 しかたなく「八尺様」や「きさらぎ駅」みたいな有名ネット怪談を朗読してみたりもしたものの、再生数は伸びなかった。まあ当然だ。その手の有名な話なんて、みんなとっくに聞き飽きてるもんな。


 とにかく今より派手で、みんなの目を引くことをしなくちゃいけない。

 そこで思いついたのが「心霊スポットで怪談してみた」動画を撮ることだった。


 わたしはそれまで、心霊スポット探検には手を出さないようにしていた。

 廃墟化した心霊スポットは床が抜けたり天井が落ちたりするリスクがあるし、不良や半グレのたまり場になっている可能性もある。

 幽霊なんて別に信じてないけど、そういうリアルな危険は怖いのだ。


 ……でも、そのときのわたしは焦っていた。

 今のままじゃダメだ。わたしは、もっとフォロワーを増やさなくちゃいけない。もっと「いいね」してもらわなきゃいけない。

 そうじゃないと、わたしは……永久に、自分を好きになれないままなんだ。


 バスの駅から、徒歩ニ十分ちょい。

「飛び降りマンション」――正式名称「RINKAIりんかいレジデンス」は、コンクリートの棺桶みたいに陰気な四階建てだった。

 まわりは雑草だらけの空き地。

 敷地には真っ赤にびた金網フェンスが張りめぐらされ、立ち入り禁止の札が下がっている。


 まあ、今日のところは中まで入るつもりはないので、問題はない。動画の背景に置いておくだけでも、雰囲気作りとしては充分だ。

 実際、赤い夕焼けに照らし出された廃マンションは、なかなかやくいムードをかもし出してくれていた。


 適当な場所に百均のスマホ三脚を設置して、録画ボタンをタップ。フェンスをバックに話しはじめる。

 ボボボボとやかましい潮風が、せっかくセットした髪をひっかき回してくる。



「闇に魂を惹かれたフォロワーのみなさん……こんにちは。夜神ヤミです。今日は、とある心霊スポットから怪奇と幻想の物語をお送りします。よければチャンネルフォローと『いいね』ボタン、よろしくお願いしますね。はじめに、この場所についてご説明しましょう」


 ネットで調べた情報を暗唱してゆく。


「わたしの後ろに見えるのは、『飛び降りマンション』と通称される廃墟です。かつてひとりの女性が、この建物で命を絶ちました。そして彼女の霊は死後もこの地にとどまり、数々の心霊現象を引き起こしたのです。住人が逃げ出し廃墟となってからも、不気味な噂は絶えません。解体を引き受けた業者が事故死したり、肝試しに入った若者が行方不明になったり……はっ! 感じます。怒りと憎しみのオーラが渦巻いています……!」


 わたしはすかさず「霊視のポーズ」をとった。

 身体は右45度。左手は額に、右手は腰に。「え」を計算し尽くした超ミステリアスかっこいいポーズである。


「すさまじい怨念です! うかつに近づくのは危険でしょう……。残念ですが、内部への侵入は断念せざるをえません。よって本日はこの場所から、」

なんしよーと?」

「ギャわっ!? ほわった、げべッ!!」


 いきなり声をかけられて、わたしはポーズをつけたまま真横にスッ飛んだ。

 フェンスの金網にぶつかって、顔に焼きたてのおモチみたいな網目模様あみめもようができる。


「誰ッ!?」


 振り向くと、女の子がひとり立っていた。

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