◆窓を走る影

 フォロワーの「あきら」さんに、メールで教えてもらったお話です。


 小学生の頃、あきらさんが実際に体験したできごとだといいます。

 あきらさんの家族は当時、「R」という海沿いのマンションに引っ越したばかりでした。

 建物は四階建て。あきらさん一家が入居したのは、その304号室だったそうです。


 引っ越してからほどなくして、あきらさんはあることが気になりはじめました。


 夕方、リビングにいると、窓の外を「なにか」の影が落ちていくのが見えるのです。


 リビングは西日がまぶしく、ベランダに面した掃き出し窓にはいつもカーテンがひかれているため、落ちていくものの正体をはっきり見ることはできません。ですが、なにかとても大きなものだということはわかります。

 それがさーっと、勢いよく窓の外を落ちていくのです。


 そんなものが地面に叩きつけられたらそれなりに大きな衝撃があるはずなのですが、物音ひとつ聞こえませんし、後で地面を確認しても、なんの痕跡も残っていません。


 あきらさんは首をかしげました。

 鳥の影だろうか?

 いや、それにしてはやけに大きいような……。


 カーテンを開けっ放しにしていると、落ちていく影は出ません。

 だけど閉めると、また出ます。


 どうしても気になったあきらさんは、ある日の夕方、影を待ち伏せしてみることにしました。


 窓辺にはりつき、少しだけあけたカーテンの隙間から外を見張ります。

 一時間……二時間……。

 じっと待ちましたが……なにも起きません。


 なんだかバカバカしくなって、「もうやめようかな」と思った、そのとき。


 目の前を、すーっと影が落ちてゆきました。


 あきらさんは、思わずヒッと悲鳴をあげて飛びのきました。

 一瞬、目の前を横切っていった影の形が……まるで、長い髪をなびかせた人間のように見えたからです。


(飛び降り自殺だ! やばい!)

 あきらさんはあわてて家族を呼びに走りましたが、すぐに「見間違いだったら怒られるかも」と思い直しました。

 まず、自分の目で確かめるのが先だ。

 あきらさんがベランダのほうを向き直った……その瞬間。

 彼女は、石のように固まってしまいました。


 影です。


 西日を受けてぼんやり光るカーテンに、人のシルエットがクッキリ浮かび上がっていました。

 何者かが、ベランダに立っているのです。

 やせた、髪の長い女のように見えます。

 女は窓ガラスにはりついて、カーテンの隙間からこちらを覗いているようでした。

 でも、そこは三階のベランダです。外から侵入できるはずがありません。


 怖くなったあきらさんは自分の部屋へ逃げこむと、そのまま、夜までふるえていました。


 後で確かめてみましたが、ベランダにも、影が落ちていったはずの地面にも、おかしなところはなにひとつなかったそうです。

 ただ……あきらさんの一家が入居する数年前、アイドル志望の若い女性が、上にある404号室のベランダから飛び降りて亡くなっていたことがわかりました。

 一家は、事故物件の真下に住んでいたのです。


 * * *


「……ジコブケって、なん?」

 話し終えたわたしに、ひかりがそう言って首をかしげた。


「事故物件というのは、殺人事件や自殺などがあって、人が亡くなった場所のことね。そういう場所には死んだ人の念が強く残って、心霊スポット化しやすいと言われているわ。この女性は自分が霊になったことに気づかず、死後もずっと飛び降りをくりかえしているのでしょうね。典型的な地縛霊だわ」

「ジバクレ……?」

「え。それも知らない……? 地縛霊というのは、自分が死んだ場所に、死後もずっととどまっている幽霊のことよ。霊感があるのに、地縛霊のことは知らないなんて……なんだか不思議ね」

「うー……ゴメン。ぼく、難しい言葉おぼえるの苦手っちゃんなんだよ

 恥ずかしそうに頭をかくひかり。いや、まあ、別に責めるつもりはなかったのだけれど。


 わたしは気を取り直して、話を続けることにした。

「事故物件といえば、ちょうどこんな話もあるわね」

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