●指をさす子供

 出発したときは快晴だったのに、目的地である鈴枡の駅に着いてみると、空はどんよりくもりはじめていた。

 なんだかわたしとひかりの間の雰囲気を反映しているみたいで、余計に気が滅入ってくる。


 ふたつしかない改札の機械を並んでくぐると、田舎の駅前に特有の、灰色がかった景色に出迎えられた。

 チェーン店ばかりの雑居ビルに、人影もまばらなバスのロータリー。

 バスの時間をチェックすると、昼間は一時間に一本しか走っていないことがわかった。これを待つくらいなら、徒歩で行ったほうが早そうだ。

「歩いていくけど、いいわよね。ばぁば……ゴホン、おばあさま・・・・・の家までニ十分くらいだから」

「……うん」

 ひかりは言葉少なにうなずくと、わたしの後を黙ってついてきた。

 ……気まずい。沈黙が息苦しい。

 調子に乗ってあれこれ詰めこんできたキャリーケースが、急に重みを増したような気がした。


 わたしは記憶を頼りにシャッターの目立つ商店街を抜け、海沿いの道へ出た。

 鈴枡の海は、青というよりは濃いグリーンの水をなみなみとたたえている。

 海外線と平行に、車道と堤防が伸びている。堤防は浜よりかなり高くなっていて、ところどころに、浜辺へおりるための階段が作られていた。見わたすかぎり、白砂の上に人の姿はない。

 堤防横の歩道を歩きはじめるとすぐ、横なぐりの風に襲われた。キャップを飛ばされそうになったひかりが、とっさに頭をかばう。

 さえぎるものがないせいか、風の勢いは強かった。むせるほど濃い、潮のにおい。

 このにおいは苦手だ。六月に体験した、あの恐ろしいできごとを思い出す。


 ますます暗い気持ちでとぼとぼ進んでいると、ひかりが「あれっ」と小さく声をあげた。

「どうしたの、ひかり」

「あ、ううん。なんでもないっちゃけど……あの子、あげんあんなところでなんばなにをしよーとかなしてるのかなって」

「どの子?」

 ひかりの見るほうに目を凝らしたけれど、よくわからない。ひかりはもどかしそうに指をさして、

「ほら、あの木の下ば指さして、ジーッとしとーしてる子。あげんあんなとこにおって、暑くないっちゃろーかねえ? 影で真っ黒になっとって、顔も見えんばってん……」

「ん~……?」


 ひかりが言っているのは、浜辺にポツンと生えた一本松のことだろう。

 だが……見えない。ひかりの言うような子供はおろか、そこに人影らしいものはいっさい見えなかった。

 ぞわり、と背中の産毛が逆立つ感覚。


「行きましょう、ひかり」

「え、ヤミちゃん?」

「あれはこの世の者じゃないわ。あまり見ないほうがいい……」

「あっ」


 びくり、とひかりの肩がはねた。すでに歩きだしているわたしのあとを、うつむき加減についてくる。

 太陽に追い立てられるように歩み去りながら、わたしひかりの頭ごしにちらりと、堤防下の砂浜を盗み見た。


 やっぱり、誰もいない。ねじれた松の木が、砂地に黒い影を落としているだけだ。

 だけどその影が一瞬、足元を指さすポーズで固まった子供のシルエットに見えた気がして、わたしはまた、ぞくりとした。

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