◆盆提灯

 話を終えると、ひかりがフレーメン反応を起こしたような顔で固まっていた。強いにおいをかがされたネコが反射的にびっくり顔になってしまう、あれだ。

 四カ月以上もいっしょに怪談をやってきたけれど、ひかりのそんなリアクションを見るのははじめてだったので、こちらもギョッとする。

 ひかりはその顔のまま、しばらく口をぱくぱくさせていたけれど、やがてぎこちなく言った。

「な……なんで急に怖い話すると、ヤミちゃん……」

「え?」


 なんでって。


「怖い話なら、いつもしているじゃないの」

しとーしてるけどさあ。|配信もしとらんときにせんでもよかろーもんしなくてもいいんじゃない?」


 ああ……。言われてみれば、まあ、そうか。

 最近わかってきたのだけれど、わたしとひかりの間には、「怪談」というもののとらえ方について、けっこうミゾがある。


 生まれたときから霊感があり、日常的にオバケの姿を見ていたひかりにとって、怪談は生活と地続きの、リアルでシリアスな恐怖だ。

 でも、わたしにとっては違う。わたしにとって怪談はクソつまらない日常から自分を開放してくれる癒しであり、娯楽だった。怪談のもつ「怖さ」さえも、わたしにとってはエンターテイメントのスパイスだったのだ。

 確かにわたしは六月と七月にホンモノの怪異と遭遇し、何度も死にかけたことで、この世にはシャレにならない恐怖が存在していることを知ってしまった。だとしても、根っこの怪談観は少しも変わっていない。

 わたしってヤツは、結局、骨のずいまで怪談ジャンキーなのだ。


 とはいえ……だ。

 ひかりがそういう気分でないというのなら、こちらもあえて怪談ハラスメントをしようとは思わない。わたしだって、空気ぐらいは読めるのだ。


「悪かったわ、ひかり。確かに今くらい、怪談はお休みでもよかったわね。……ああ、ほら見て。お祭りの準備だわ」

 指さした窓のむこうを、盆踊り用に組み上げられたやぐらが通りすぎてゆく。あの街でも、近いうちに夏祭りが開かれるんだろう。

「ヤミちゃんのおばあちゃんの近くでも、お祭りばすると?」

 気を取り直したふうに、ひかりが問う。

「ええ。確か、神社だか公民館だかで毎年、開かれていたはずよ。出店も出るんじゃなかったかしら」


 小さいころに一度連れて行ってもらったきりなので、そのあたりの記憶はあいまいだ。

 なぜ一度しか行っていないかといえば、大勢の知らない大人や子供に囲まれたわたしが怖くなってギャン泣きし、翌年以降、ばぁばの家を出ることを徹底的に拒んだからである。

 ……とはいえ、わたしももう、あのときみたいな子供ではない。今年はひかりもいるわけだし。


「なんなら、いっしょに行きましょうか。お祭り」

「……! うん! 行く!」

 ひかりがにっこり笑って――そこで会話が切れた。


 えーと……。

 あれ。


 おかしいな。話題がない。

 なんだか肩すかしを食らったような沈黙が、ひかりとの間に流れる。ひかりと出会って以来、一度もこんなことはなかったはずなのだけれども。

 と、とりあえず、何か話題を振らないと……えーと、夏祭り……盆踊り……お盆……おっ、そういえば。

「ちょうどよかった。お盆といえば、こんな話があるのよ」


 * * *


 フォロワーの「ささぼん36」さんが、高校の友人から聞いたというお話。

 この友人を、そうね、ヒロシくんとでもしましょうか。


 小学三年生の夏休み。

 ヒロシくんは、両親といっしょに、祖父母の住む田舎へ遊びに行きました。

 毎年恒例、お盆の時期の里帰りです。


 ヒロシくんは毎年、ひそかに楽しみにしていることがありました。祖父母の家の仏間に飾っている、盆提灯ぼんぢょうちんながめることです。

 昔から日本では、お盆の時期になると死んだ先祖の霊が帰ってくると信じられていました。そんな先祖を迎えるために灯すのが、盆提灯です。

 祖父母の家にあったのは、ろうそくを使う昔ながらのものではなく、仏具屋さんで買った電気式の提灯でした。きれいな柄の描かれた提灯の中に青い電灯が入っていて、ステージライトのようにくるくる回るのです。

 ヒロシくんは、その盆提灯をともした部屋が、まるでわくわくするアトラクションのように感じられて、昔から大のお気に入りだったそうです。


 そんな、田舎滞在中のある日のこと。

 家族とともに花火大会を見に行った帰り道、ヒロシくんは、奇妙な光を目にしました。

 田んぼの近くに建ち並ぶ民家のひとつから、青い光がもれていたのです。

 二階の窓でくるくるくるくる回るその光を見て、ヒロシくんは、「ああ、あの家でも盆提灯を飾っているんだなあ」と思いました。

 そして、いっしょに歩いていた家族のそでを引いて、「あそこの家も、うちと同じのかざってるよ」と言いました。

 家族の反応は、ヒロシくんの期待したものではありませんでしたた。「そんな冗談、言うんじゃありません」と、ヒロシくんをしかりつけたのです。

 ヒロシくんは、ウソじゃないよ、と反論しようとして、もう一度、さっきの家に目を向けました。

 けれど不思議なことに、盆提灯の光はいつの間にか消えうせ、そこにはただ、黒々とした民家のシルエットがそびえているだけだったのです。


 なんだか釈然しゃくぜんとしないまま、ヒロシくんは祖父母の家へと戻り、そのまま眠りにつきました。


 深夜。家族がみな寝静まったころ、ヒロシくんは妙なまぶしさを感じて、ふと目を覚ましました。


 青い。

 くるくる回転する青い光が、部屋の中を照らしていました。

 不思議に思って半身を起こすと、足元のあたりに、見慣れた盆提灯がポツンを置いてあります。仏間にあるはずのそれが、コードもつないでいないのに点灯しているのです。

 ヒロシくんは不思議に思いつつ、半分寝ぼけた頭でぼんやりその光を見つめていました。中の電灯が回るのに合わせ、青い光が壁をなめるように動いていきます。


 そこへ――フッと、影法師が映りこみました。


 誰かが、提灯の明かりの中に立っている。そんな影でした。

 ただし部屋の中に、それらしい人の姿はありません。影絵のようなシルエットだけが、壁に大映しになっているのです。

 ヒロシくんがあっけにとられていると、影法師のとなりに、さらに大きな別の影が現れました。なんとなくですが、女の人のように見えます。大きい影と小さい影は、まるでお母さんと子供のようでした。


 回転する光の中、じっと動かないふたつの影を見ているうちに、ヒロシくんは、じわじわと怖くなってきました。そして布団を頭からかぶると、ぎゅっと目をつぶって何も考えないようにしたのです。

 しばらくそうしているうちに、ヒロシくんはふたたび眠りに落ちてゆきました。


 翌朝、ヒロシくんが目を覚ますと、足元にあった盆提灯はどこかへ消えていました。


 ヒロシくんは朝食の席で、家族に昨夜の体験を話しました。

 すると、思いがけない話を聞かされたのです。

 昨日、花火大会の帰りに青い光を見た、田んぼの近くの家――あの家ではほんの数ヶ月前に、ふたり暮らしの親子が亡くなったばかりだというのです。

 母親が幼い息子を殺してから自分も命を絶つ、いわゆる心中事件でした。


 そのことを知ったヒロシくんは、明るいうちに、問題の家の様子を見に行ってみました。

 そこは、一階も二階もすべての窓にベニヤ板が打ちつけられており、人が住んでいないのは明らかでした。そしてあることに気づき、改めて怖くなったのです。

 ……そもそも、そんなふうに窓をふさがれていたら、中の光なんて見えるわけがないということに。


 * * *


「それ以来――ヒロシくんは少しだけ、盆提灯のことが嫌いになってしまったそうです」

 語りを終えたわたしがひかりのほうへ目を転じると、彼女はまたしてもフレーメン反応顔で固まっていた。


 あれ。


「どうしたの、ひかり」

「こ――」

「こ?」

「怖い話、せんでしないでって言ったのに、なんでまたオバケの話ばするとするの……」


 あ。


「いや、今のはその、不可抗力というか……そういう流れだったじゃない?」

「どこが? ぜんぜんそげんことそんなことなかったよ。お祭りの話しとったやん」

「お祭りの話でしょう。花火大会の帰りに、空き家になった家で」

「そうやなくって……」

「え、違う? わかった。わかったわ。そういうことなら別の話にしましょう。大丈夫よ。わたし、話題の豊富さには自信があるのだから。黒いお神輿みこしを見た話でしょ。花火の音を声マネする焼けただれた女の話でしょ。夏祭りの提灯が増えると人が死ぬ話でしょ……」

「う~っ、やめてってゆっとーやんいってるでしょ! なんでそげんそんなイジワルすると? もうよかいい!」

 ひかりはそう言うと、すねたようにぷいっと窓のほうを向いてしまった。


 あれれれ……。

 いや、違う。わざとじゃない。ただ、パッと思いつくのがそれしかなかっただけなんだ。

 だってわたし、芸能人もスポーツもファッションも知らないし、噂話にも恋話コイバナにも興味ゼロだし……あれえ?

 これまで、配信以外で他人と話すことがほとんどなかったから気づかなかったけど……もしかして、わたし、怪談抜きで他人とコミュニケーション取れない女なのでは……?

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