◆六十年で初

 小学生の「聡美」さんが、ピアノ教室の先生から聞いたお話。

 まだ、六十歳で定年を迎えるのが普通だった頃のできごとです。


 あるとき、先生のお父さんが六十歳をむかえ、会社を定年退職することになりました。

 それまで仕事ひとすじだった人にありがちなことに、お父さんは趣味に目覚めました。彼の場合は庭いじりです。

 たっぷり空いた時間を使って、庭の模様替えをしようと考えた先生のお父さん。手はじめに、庭にある古いカキの木を切ってしまおうと決めました。

 木を切ったあとには池を作って、コイでも飼おうか……なんて思いながら、お父さんがあちこちの寸法を測っていると。


「おい、おまえ。おい」


 生け垣の向こうから話しかけてくる人がいます。

 誰かと思って顔を上げると、三十代なかばくらいの男の人でした。


「おまえ、その柿を切っちゃあいかんぞ。それはおまえのじいさんの、そのまたじいさんの代から大切にされてきた、この家の守り神じゃからな。いいな」


 男の人は一方的に言うと、スタスタと去っていきました。

 会ったこともない、おまけに自分よりずっと年下の男からそんなことを言われて、お父さんはムッとしました。

 だけど同時に、相手の顔に見おぼえがあるような気がしてなりません。


 首をひねりながら家の中に戻ってきたお父さんは、なにげなく仏間に入ったところで、アッと声をあげました。


「……とうちゃんだ!」


 お父さんは、自分の父親を早くに戦争で亡くしていました。仏間には、その写真が飾ってあったのです。

 写真の顔は、さっき生け垣越しに話しかけてきた男とうりふたつでした。


「六十年間、幽霊なんて見たことなかったのに……まさかこの年になってからこんな体験をするなんてなあ」

 先生のお父さんはそう言って笑っていたそうです。


 柿の木は、今も同じ場所にあります。


 * * *


「いかがでしたか? 怪談を集めているとよく、こういう話に出逢います。霊感などまったくないはずの人が、たった一度だけ、おかしなものを見てしまう。。しかしなぜ、こんなことが起こるのでしょう? そこらじゅうにいる浮遊霊すらまったく見えない人が、どうして特定の場所や瞬間に限って霊体験をしてしまうのでしょうか?」


 と、問いかけてはみたものの、わたしはその答えを知っている。「そのほうが、作り話として都合がいいから」だ。

 ところがそこで、ひかりが意外なことを言いだした。


「んー……なんていうか、『つながり』やないかなあ」

「……『つながり』?」


 なんだそれ。


「うん。ぼく、ヤミちゃんみたいに頭よくないけんから、うまく説明できんっちゃけどできないけど……オバケが見えるときって、なんかが『つながった』ときって気がする。家族やったら、もともとつながっとーやろ?」

「なるほど。確かに、先生のお父さんの事例はそれで説明がつくわね。でも、MIKIさんの場合は?」

「うーん。なんて言うか……たぶんやけど、ちゃんとしたつながりやなくてもいいっちゃん。たまたまその人が死んだところの上ば踏んでしまったとか、そのオバケのうわさをしたとか……」

「怪談でよく言う、『たまたま波長が合った』とかね」

「そうそう。そういう『つながり』でオバケを見てしまうことも、たまにはあるっちゃないかなあ」

「ふんふん。ありがとう、ひかり。とても面白い考察だったわ」


 霊の実在なんて信じていなくても、「いるつもり」になってあれこれ思考実験をしてみるのは楽しい。

 ひかりという話し相手ができて、わたしは、たびたびその事実を噛みしめていた。


「その理屈で言うと、わたしたちみたいに霊感のある人間は『つながりやすい』ってなるのかしら」


 何気なくわたしがつけ加えたそのひと言に、ひかりはハッと顔をこわばらせた。

「うん……きっとそう。オバケってきっと、『つながれる』相手を探しとーっちゃん。ぼく、前にこげんことがあって……」

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