◆猿噛

 あれは……小一のときやったねえ。


 ぼくが学校から帰りよったらってたら、後ろから、ビニール袋がクシャクシャいう音が聞こえてきたっちゃん。


 なんやろう? って振り返ったらね、道路の真ん中に、ポツンってコンビニのレジ袋が落ちとーと。しかも、中身が入っとーみたいに膨らんどーっちゃんでるんだよ

 なんだか気になって、ぼく、その袋じーっと見たっちゃん。そしたら、袋の口がクシャっと開いて……中になんかが見えたと。


 一瞬やったけん、はっきりとはわからんかったっちゃけど……なんか、サルの赤ちゃんみたいやった。

 小さくて、黒くて、ヒョロヒョロの細長い手があって……目だけがギョロッと大きくて。


 怖くなって、早足で逃げたよ。

 でも、ついてくるっちゃん。後ろからクシャクシャ、クシャクシャって。

 人通りは結構ある道やったけど、まわりの人は、だーれもコンビニ袋のことげななんか気にしとらんかったねえ。


 でね。歩いとーうちに、なんかくつが変やなって思ったったいおもったんだよ

 運動靴のゴムのみぞに小石がはまったときとか、なんとなくわかるやん? なんか、そんな感じがしたと。


 やけん、ぼく、信号で止まったときに、靴の裏ば覗いてみたっちゃん。

 そしたら……何があったと思う?


 歯やった。


 小一って、ちょうど赤ちゃんの歯が、おとなの歯に生え変わりはじめる頃やん?

 ぼくも前歯が抜けたばっかりやったけん、ハッキリわかったと。たぶんこれ、自然に抜けた赤ちゃんの歯やって。


 ぼく、靴裏のゴムからその歯ば抜いて、車道に投げ捨てたっちゃん。

 それで振り返ったら――もう、コンビニ袋も猿の赤ちゃんも、どこにもおらんくなっとった。


 ぼく、そのとき思ったっちゃん。

 いくらボーッとしとっても、落ちとる歯げななんて踏んだらすぐ気づくはず。

 今の歯は、あの猿の赤ちゃんが、わざとこっそりぼくの靴にはさんだっちゃないかなって。

 そうやって、ぼくとの「つながり」を作ろうとしたっちゃないかなって。


 ……でね。実はもうひとつだけ、変なことがあったと。


 その日の夜、ぼくが宿題しようって筆箱ば開けてみたら……ぼくの鉛筆エンピツに全部、ガジガジに噛まれた跡がついとったとよ。


 もしもあの歯に気づかんくてきづかないで、猿を家まで連れてきてしまってたら……もっと悪いことが起きとったかもしれないねえ。

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