◆通学路のペラペラ

 あとは……小四のときかなあ。

 朝、通学路の脇道に、変なのがおったったいいたんだよ


 なんか……「きしめん」みたいなやつやった。

 あるやろ? うどんの平べったいの。

 あれの太くて長ーいが、ぼくの頭の上くらいの高さに浮かんで、ペラペラ揺れとったっちゃんてたんだよ。五本に枝分かれしとーしてる形が、なんか、紙で作った人形みたいにも見えた。


 やけん、最初はオバケやって気づかんかったとよ。「低学年が図工の時間に作ったっちゃろーかのかなあ?」って思って……。


 だけどそいつ、ぼくが見とーことに気づいて、首? をぐりっと向けてきたっちゃん。

 別に、目も口もなかったけど……なんか「見られた」って気がした。


 ぼく、すぐに逃げたよ。

 これまでも、目が合ったオバケが追っかけてきたことが何度もあったけん、ぼく、道にオバケがいてもなるべくけたり無視したりしとーっちゃんしてるんだよ。ヤミちゃんもそうやろ?


 ……そのぺラペラは、別に追っかけてはこんかった。やけんだから、その場は安心したっちゃけど……。


 ばってん次の日の朝には、そいつ、通学路の真ん中に移動しとったっちゃん。

 ぼくのこと、通せんぼしとーみたいやった。

 そいつの横げななんか通りたくなかったけん、ぼく、その日は遠回りして学校行ったと。


 でも、そのまた次の日……。

 あのペラペラが、校門のすぐ中におったとよ。

 他の子たちはペラペラが見えとらんけん、みんな、普通にその横ば通りすぎとった。ペラペラのほうも、その子たちには無反応やったね。

 ばってんだけど、ぼくのこと狙っとーっていうのは、なんとなくわかった。


 しかたないけん、裏門のほうにまわったら、ペラペラも裏門のほうへ先回りしてくると。

 ぼく、困ってしまって……チャイムが鳴っても、そこから動けんかった。


 そしたら、たまたま裏庭のほうにおった担任の先生がぼくを見つけて、歩いてきたっちゃん。


 ぼくね、その先生のこと、ちょっと苦手やったと。

 ぼくが「オバケがおる」って言ってもぜんぜん信じてくれんくて、「勉強したくないけん、そげんウソつきよーっちゃろうついてるんだろう」って決めつけるけん。


 で、その日もやっぱり……ペラペラのこと説明しても、先生、少しも信じてくれんかったとよ。

 すぐ目の前にペラペラが浮かんどっても、ちっとも見えとらんみたいやった。


 それでね。先生、腹かいてはらをたててこげんこんなこと言ったと。

「いいかげんにせえよ。オバケげななんかおらんって言いよろーもんいってるだろうが。もしもそんなもんが本当におるなら、今すぐオレに何かしてみたらいいやんか」

 って。


 したら、それまで浮いとーだけやったペラペラが、きゅっと細くなって……。

 先生の耳の穴から、頭の中へ入っていったっちゃん。何メートルもあったはずなのに、シュルシュルシュルシュルーって、ほとんど一瞬で……。


 先生、苦しそうにうなって、顔も赤黒くなっていってね。そんで、地面にドバーッてゲロ吐いたと。

 ぼく、びっくりして保健室の先生ば呼びに行って……もう大騒ぎになったっちゃん。救急車も来たし。


 先生は一日だけ入院してから、普通に戻ってきたっちゃけど……もう、ぼくに話しかけてはこんかったね。なるべく、ぼくとは目も合わさんようにしとーみたいやった。


 なんか、ぼくのことまでオバケやと思われとーみたいやったねえ……。


 * * *


 最後の言葉で、胸がズキンと痛んだ。

 この前、教室でボールをぶつけられたときのことを思い出したからだ。


 小学校のときからそうだった。

 わたしは美少女でもなく、運動も苦手で、声も小さかった。

 ……別に、いじめられたり、積極的にシカトされたわけじゃない。それでもわたしは、クラスのみんなにとって、いてもいなくてもいい存在だった。

 わたしは幽霊だ。


 気づくと、ひかりが不安そうに見上げていた。

「……ヤミちゃん? ごめん、おもしろくなかった……?」

「え? あっ。違うの。すごくおもしろかったわよ。そうでしょう、みなさん?」


 わたしがカメラに問いかけると、フォロワーたちも「おもしろかった!」とか「ドキドキしたよ!」というコメントを返してくれる。

 それを見て、ひかりもようやく緊張を解いた。


「よかった。でも、なんか変な感じよねえ。オバケば見て、褒められるなんて。ぼく……ずっと、オバケなんか見えなきゃいいのにって思ってたけん」

「そう? 他人に見えないものが見えるなんて、すばらしいことだと思うけれど」


 もしも本当にそんなものが見えるなら、話のネタに困らなくていい。普通に生きてるだけで、いくらでも怪談が転がりこんでくるんだから。

 っていうか、ひかりよ。自分で「霊感キャラ」やっておいて、「見えなきゃいいのに」もなにもなくない?


「そげんこと言ってくれるの、ヤミちゃんと、ここのチャンネルの人たちだけたい。ぼくのお父さんが生きとーころ、言っとったっちゃけど……。『ひかりはレーバイやけん、気をつけんといかん。恐ろしいものを呼び寄せてしまうし、まわりまで巻きこみかねん』って。ヤミちゃん、レーバイって知っとー?」

「レーバイ? ……ああ、霊媒れいばいのことね。死者の霊や神を幽世かくりよから呼び出し、自分の身体に降ろすことのできる能力者」

「そうそう。確か、お父さんもそげんこと言っとった。さすがやねえ」

 ひかりはそう言って、ころころと笑う。


 いや、それより、なんか気になる表現が聞こえてきたんだけど……「お父さんが生きてるころ」って言った? お父さん亡くなってるってこと?

 お母さんが行方不明で、お父さんは死んでて……じゃあ、ひかりは誰と暮らしてるわけ?

 それとも、そこまでまるっと全部「キャラづけ」の作り話なの?


 今さらだけど気づいた。

 わたしはひかりを知らない。本当のことは、何ひとつ知らない。わたしがひかりに、自分の素顔を見せていないように。


 ……って、いかんいかん。今は配信中だぞ。こんなこと考えてる場合か。


 わたしはブルブルとよけいな考えを振り落とすと、テーブルに広げた原稿のひとつを手にとった。


「さあ、怪談を続けましょう。次は、幽霊とは少し違うものが見えてしまう、変わった体質の持ち主についてのお話です」

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