◆夢に子供が消える町

 それから一時間足らずで「鈴枡怪談ナイト」は終了した。ひかり以降は「夢」しばりもなくなり、どこかで聞いたような怪談話が大半を占めることになったものの、会そのものは終始なごやかな雰囲気だった。

 問題は、このあとだ。

 わたしは、ひかりの怪談の直後に見せた、其原氏のあの表情がどうにも気になっていた。できればくわしく問いつめてみたい。


 けどなあ。

 私自身、漠然とした尻の座りの悪さを感じているにすぎないのに、いったい、なんて話しかけたらいいのやら……なんて思って、みなが帰り支度をはじめた会場でうだうだしていたら。


「朝日奈さん。それに、夜神さん……だったかな。ちょっと、個人的に聞いてほしい話があるんだけど……」

 其原氏のほうから、話しかけてきた。


「何ですか」

 期待どおりの展開ではあるのだが、それはそれとしてわたしは身構えた。催事の会場で女子中学生に話しかけてくる成人男性という時点で、こっちは警戒せざるをえない。むこうもそれがわかっているのか、あわてたようにてのひらを見せて、「なにもしませんよ」アピールをしてくる。

「ご、ごめん。驚いたよね。ただ、さっき朝日奈さんが話した夢の話が、どうしても気になって……。つまりその、僕が長年追いかけているものと……共通点があるように思えたんだ」

「……!」

UMOVEユームーブのプロフィールを読ませてもらったよ。君たちには、霊感があるんだね? 果たしてそれをどこまで信じればいいのか、僕にはわからないけど……君たちがこの町に何かを感じたというのなら、どうか聞かせてほしい」


 其原氏は、しおらしく頭を下げてきた。

 どうするの? という表情で、ひかりが浴衣のそでを引っぱる。

 わたしは覚悟を決めた。

「わかりました。お話、うかがいましょう」


 * * *


 夜も次第に深まり、お祭り会場では盆踊りの準備が進みつつあった。

 公民館の駐車場に小さなやぐら・・・が組まれ、その周囲に五、六十人ほどの人が集まっている。小さな町だと思ってたけど、いるところには人がいるものだ。


 わたしとひかりは、ほろの部分に「鈴枡町公民館」と書かれたテントの中から、そんなお祭りのようすを遠巻きに見ていた。

 やぐら・・・近くに建てられたもうひとつのテントはひっきりなしに人が出入りしているが、こっちのテントは静かなものだ。テントの支柱には「救護」と書かれたボール紙がくくりつけられている。


 パイプ椅子に座って、しばらくぼんやりしていると、怪談会の後片づけを終えた其原氏が小走りにやってきた。肩からキャンパス地のバッグをかけている。

「いやあ、ごめん。待たせちゃったね」

「それほどでも。というか、あっち、手伝わなくていいんですか」

「うん。盆踊りは盆踊りの実行委員がいるからね。今夜の僕の仕事は、もう終わり」

 そりゃ結構なことで。


 ガガガガッというノイズとともに、スピーカーから盆踊りの曲が流れはじめた。

 軽快な音楽をBGMに、わたしたちはあらためて向かいあった。とても怪談向きとは思えないシチュエーションだが、さすがに知らない成人男性と密室に入るわけにもいかない。安心して彼と話せるとしたら、人目の多いこの場所しか考えられなかった。


「確か、ひかりの見た夢と其原さんの調べているものとの間に関連がありそう、という話でしたよね。その『調べているもの』というのは、いったい?」

 わたしが切りだすと、其原氏は少し周囲をうかがってから、声をひそめて話しはじめた。

「実は……この町では、子供が消えるんだ」

「消える?」

「行方不明になるんだ。もちろん日本全体で起きている行方不明事件の数に比べれば、ほんの微々たる件数でしかない。ただ……この流里江の小ささを考えると、やはり多すぎるように思うんだ。実際、近隣の市町村と比べると、この町における十代の行方不明者数は明らかに突出している」

「ここまで聞いた限りでは、女子中学生より警察に相談すべき内容のように聞こえますが」


 わたしが言うと、其原氏は苦々しい顔でうつむいた。

 もしかすると、本当に警察に話したことがあったのかもしれない。その上で、相手にされなかったのか。


「……他にも何か、あるんですね? 私たちのような、能力チカラのある人間にしか話せないようなことが」

「……これはたぶん、僕しか気づいていないことなんだが……子供たちは消える直前、みな、同じ夢を見ていたようなんだ」

「夢? それって」


 思わずひかりと顔を見合わせると、其原氏があわてたふうに言った。

「いや、おそらく朝日奈さんの見た夢とは違う。違う……と思うんだが……どこか関係がありそうな気もする……」

「どっちなんですか」

「ごめん。正直なところ、僕も何か確証があるわけじゃないんだ。だからこそ、わらをもつかむ気持ちで、君たちに声をかけさせてもらったんだけど……」

 わたしたちはわらかよ。


「とにかく、順を追って話そう。少しだけ、僕の身の上話につきあってくれるかな」


 * * *


 さっきも話したけれど、僕はここの役所に勤めている。


 就職して、何度めかの異動で福祉課というところに配属された僕は、そこで、ある民生委員さんと仲良くなった。

 民生委員っていうのは、僕ら行政の人間と協力しながら地域の人々の暮らしを見守ってくれる、ボランティアの人たちのことだね。子育て家庭のサポートをしたり、子供を取りまく環境に問題がないかを気にかけたりする、児童委員という役割も兼ねている。

 その女性はもう二十年も活動を続けてる、ベテランの民生委員でね。僕も何かと頼りにしていた。その人がある日、仕事終わりの僕をたずねてきて……喫煙所で、こんな話を聞かせてくれたんだ。


「あたしが担当していた家の子供が、また消えちゃったの」

「……また?」

「そう。また・・なの。前にも似たようなことがあったのよ。──五年前だったかしら。ほんの数日前まで普通にしていた子が、何の前触れもなく、いなくなっちゃったの。しかもね。なんていうか……似てるのよ、状況が」


 最初の家は夫婦仲が悪くて、離婚したがる奥さんを、旦那さんのほうが「せめて子供が大きくなるまでは」と引きとめている状態だったらしい。


「そんな状況、子供にとっちゃいたたまれないわよね。だから子供の姿が見えなくなったとき、警察もまずは、家出のセンで捜索したらしいの。だけど、何の手がかりも見つからなかった」


 だが、それはおかしい。

 消えた少年は、まだ小学三年生だったんだ。十歳にもなってない子供が、警察でも痕跡をたどれないような方法で行方をくらませるなんて、本当に可能なんだろうか?


「あたし、旦那さんに聞いてみたの。あの子がいなくなる前に、何か変わったことはありませんでしたか。どこか、行き先のヒントになるようなことを言ってませんでしたかって。そしたらね、その子……『怖い家の夢を見る』って泣いてたらしいの」


 昨日も、一昨日おとといも、怖い家をさまよう夢を見た。きっと今日も、同じ夢を見る。だから今夜は、眠りたくない。

 どうやら少年は、そんなようなことを訴えたらしい。

 だが父親は、そんな息子の訴えを真に受けることはなかった。適当になだめて、寝かしつけたそうだよ。だけど、次の日の朝になってみたら……。

 その子はベッドから、忽然こつぜんと姿を消してしまっていた。


 それから五年が経った。

 民生委員の女性も、日々の忙しさに追われて、消えた少年のことを忘れかけていたそうだ。

 そんな折、彼女はひとりの中学生と仲良くなった。彼女が担当していたおうちの娘さんだ。

 そこのお宅は母子家庭で……やっぱり、家庭内の環境はあまりよくなかった。詳細に語るのは避けるけど、経済的な問題を抱えていたみたいだ。


「あの子、お母さんとはケンカばっかりしてたけど、あたしとは仲良くしてくれた。LIMEライムのやりとりなんかもしてたのよ。いつか東京に出て、イラストレーターになるんだって言ってた」


 それなのに、消えてしまった。

 五年前の少年と同じように、何の痕跡もなく。


「あの子の母親は、『どうせ家出よ』とか『友達の家わたり歩いてるのよ』なんて言って、捜索届すらなかなか出そうとしなかった。けどあの子、財布もスマホも、宝物だって言ってたスケッチブックも、家に置きっぱなしだったのよ? そんな家出、ありうると思う?」


 彼女の目は、ありえないと言っていたよ。


「連絡が途絶える前日の夜にね。あの子、あたしにLIME送ってきてたの。『眠りたくない。ここ数日、怖い夢ばかり見るから』って。それであたし、『どんな夢?』って聞いたのね。そうしたら……」


 ──家の中を、怪物に追われて逃げまわる夢なの。

 ──その家は床がぐにゃぐにゃに傾いてて、緑色の明かりに照らされてる。しかも海の上に建っていて、どこにも逃げることができないの。

 ──追いかけてくるのは、ぶよぶよに膨らんだ水死体みたいな女で、顔に怖いお面をかぶってるの。ほら、あれだよ……古い、日本のお面。


 彼女は別に、五年前の件と今回の中学生の失踪との間に関係があると、本気で思っているわけじゃなかった。失踪直前に子供たちが似たような訴えをしていたという事実を、なんとなく不気味に感じていただけだったんだ。


 でも、僕は違った。

 僕は民生委員さんの話を聞いて、これまでずっと封印していた、つらい記憶を思いだしたていたんだ。それは──……ど、どうしたんだい。


 * * *


 其原氏の語りがふいに中断した。わたしが立ちあがった拍子に、パイプ椅子が勢いよくひっくり返ったからだ。

 横で話を聞いていたひかりも、びっくりした顔でわたしを見あげている。


「見たわ」

「え?」

「その夢。二番目の女の子が言ってたのと、まったく同じ夢。昨日の朝も……今朝も。二日連続」


 声が震えているのが、自分でもわかった。

 すでに顔色の悪かった其原氏がますます青ざめていくのを見て、自分がのっぴきならない状況にいることを確信する。わたしは、一語一語しぼり出すようにして、其原氏に問うた。


「教えて。あなた、知っているんでしょう。この夢を見たら、どうなるか」

「そ、それは……」

「早く!」


 耐えきれずに、わたしは叫んだ。其原氏のやせた首で、喉仏がぐびり、と動くのが見えた。


「その夢を見た子供たちは、僕の知るかぎり、全員失踪している。消えるタイミングは、おそらく……三度目に夢を見た、その瞬間だ」

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