第二章 霊感の怖い話
●わたしじゃない
それから、どうなったかというと。
ひかりにはまず、ゲストとして動画に出演してもらった。
期待どおりフォロワーの反応は上々で、自然と次の配信にも、その次にも来てもらおうという運びになった。
なにしろ、あのルックスだ。配信中、横に座っているだけでも画面の華やかさが違う(なお、髪は染めずに、地毛証明書とかいうのを学校に提出することに決めたらしい。わたしもそれでよかったと思う)。
最初はカチコチに緊張してマネキン状態だったひかりだったけれど、回数をこなすたび、少しずつリラックスして話せるようになっていった。
聞き役のひかりが入ってくれたおかげでわたしも話を進めやすくなったし、たまにひかりが話す話は、怪談本でもめったに読めないようなヘンテコな話ばかりで面白かった。
ひかり自身のことも、少しずつわかってきた。
ひかりは、
福岡出身。
ほぼ唯一の趣味は、
ちなみに「朝日奈ひかり」というハンドルネーム(というか、芸名?)を考えたのはわたしだ。
本名をネット上で
身バレ防止という観点からすれば、本当は下の名前も変えるべきなんだけど……それだけはひかりが嫌がった。
まったく違う名前になっていたら、お母さんが自分だと気づかないかもしれない……というのがその理由だ。
そんな目立つ外見してるんだから
ひかりの加入以来、チャンネルフォロワー数はグングン伸び、チャンネル名を正式に「ヤミひかチャンネル」に変えると、さらに跳ねあがった。
フォロワーが増えるのと同時に怪談のメール投稿も充実し、配信のネタに困ることもなくなっていった。
そんなこんなで二ヶ月ちょっと。もう少しで、夢のフォロワー1000人に手がとどく……のだれど、
「家で体験した怪談」回の配信から二日後。月曜日のことだった。
四時間目。わたしは現社の先生がはじめた長話をテキトーに聞き流しながら、昼休みが来るのを待っていた。
もちろん、ひっつめ頭にメガネの地味女子スタイルだ。
「中学生になったばかりでピンと来ないかもしれんが、三年生はもうとっくに進路を決めている時期だ。君らも、今のうちから考えておかないとダメだぞ。将来の夢に
冗談めかした発言に、クラスのみんながどっと笑った。
わたしは内心イラッとしている。なんでだよ。いいじゃん
「ああやって、むやみやたらと目立ちたがる人種っていうのはな、みんな、中身がカラッポのつまらん人間なんだ。自分に自信がないから見た目ばかり気にする。髪を染めたり、スカート短くしたりな。あんなのは、先生に言わせれば張子の虎だ。そんなことしているヒマがあったらしっかり勉強して、
調子に乗った先生の話がお説教くささを帯びはじめたので、クラスの雰囲気はスーッとシラけてゆく。
ああ。大人ってどうしてこんなにピント外れなんだろう。
何が
目立たなかったら、誰の目にも入らない。小さな声は、誰の耳にも届かない。
姿も見えない。声も聞こえない。
――そんな人間、幽霊と同じだ。
ちょうどチャイムが鳴ったので、お説教はそこで終わった。
先生が教室を出ていくと給食の時間だ。給食当番以外はみんな、班ごとに机を寄せて島を作りはじめる。
仲良し同士のおしゃべりする声で、教室は浮わついた活気に包まれた。
そんな中、わたしはひとりだ。机こそ島の形にしたものの、会話する相手はいない。窓際の壁に背中を預けるようにして、スマホで女子高生怪談師
と――いきなり、後頭部にゴムボールがぶつかってきた。
「うごっ!」
「あっ、悪い! ミスった。」
へらへら笑いながらやってきたのは、教室の後ろでボール遊びをしていた男子のひとりだ。
バレー部員で高身長でそこそこイケメンで、クラスの女子から人気がある。
イケメンはゴムボールを拾うと、涙目のわたしを見下ろしながら首をかしげた。
「ごめんな。えっと……鈴木さん?」
村上だよ!!
と、言い返せたのは心の中だけで、実際には「ぁ、う……うん」とモゴモゴ漏らすだけで精一杯だった。
イケメンもそれ以上わたしの相手なんかせずに、仲間のところへ戻っていゆく。すぐにわたしのことなんか忘れて、楽しそうにボール遊びを再開した。
ふ……ふん。別にいいもんね。
お前なんかに名前をおぼえてもらわなくたって、わたしには約1000人のフォロワーがいるんだもんね。そりゃ、霊感少女キャラで
……なんて、頭の中でイキればイキるほど、逆にみじめさばかりがつのる。
「こらあ、男子! 給食前にボール使うのやめなさいよ。みんな迷惑してるでしょ! 窓割ったって知らないから!」
女子のクラス委員が怒鳴った。
それでもイケメンたちはハイハイと適当に聞き流してボールをパスし合っている。クラス委員がもう一回怒鳴りつけてやろうと、息を吸った瞬間、
バァン!!
わたしのすぐ真横で、窓ガラスがとんでもない音をたてた。
静寂。クラス中の視線がこっちに集中する。
わたしは必死で首を横に振った。
(わたしじゃない、わたしじゃない!!)
嫌だ。顔がカッと熱くなって、メガネがくもる。
針と化したみんなの視線が全身に突き刺さり、開いた穴から湯気が吹き出るように感じた。
夜神ヤミになりきって怪談をするときなら、カメラの前でも堂々としていられる。
でも今はダメだ。地味で陰キャな村上康美に、この状況は耐えられない。
とはいえ、わたしが注目されていたのはほんの数秒ほどだった。
みんなが友達とのおしゃべりを再開しはじめるにつれて、気まずい空気が徐々に薄くなっていく。
わたしはようやく、止めていた息をフゥーッと吐いた。
すぐ背後の窓ガラスを見遣る。
鳥でもぶつかったんだろうか。ガラスには、うっすらと脂じみた跡が残っていた。
どことなく、人の手形のように見えなくもなかったけれど……そんなはずはない。
だって、ここは三階なんだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます