◆廃墟の入り口

 小学生の「みのり」さんが体験したお話です。


 みのりさんには、生まれつき霊感がありました。

 幽霊の姿をはっきり見ることこそほとんどありませんでしたが、交通事故のあった場所で奇妙なうめき声を聞いたり、墓地で見えない手に腕をつかまれたりすることがたびたびあったそうです。

 みのりさん自身は、そんな自分の体質のことを、たいへんいとわしく思っていました。


 みのりさんが四年生のとき、同じクラスに留美ちゃんという女の子がいました。


 留美ちゃんは自称・霊感少女です。「私、前世がわかるんだ」と言って占いをしたり、自分が見たという幽霊の話をしたりして、なにかとクラスの注目を集めていました。

 でも本当はみんな、留美ちゃんの話など信じていなかったのです。

 留美ちゃんの家は裕福で、彼女は両親から、かわいい服やコスメやファッション雑誌をたびたび買ってもらっていました。

 みんなはそのコスメやファッション雑誌を見せてもらうため、留美ちゃんに話を合わせて、ご機嫌をとっていただけなのです。


 一方、みのりさんは、みんなとは違う理由で、留美ちゃんに霊感がないことを確信していました。


 通学路にときおりうずくまっている、霊らしき人影――みのりさんには黒いのように見えるそれを、留美ちゃんがたびたび、何も気づかぬ様子でズカズカ通り抜けてゆくところを、たびたび目撃していたからです。


 さて、そんな留美ちゃんがある日、「放課後、肝試しに行こう」と言いだしました。


 校区内にあるマンションの廃墟に「ハリコさん」というオバケが出る――そんな噂を聞いたというのです。

 事故現場や墓地を通るだけで妙な体験をしてしまうみのりさんは、当然、そんなところに行きたくはありませんでした。でも、親友の優子ちゃんが一緒に行くと言うのを聞いて、どうしても心配になり――しぶしぶ、同行することを決めました。


 問題のマンションは市のはずれにある、昭和っぽい感じの建物でした。みのりさん、留美ちゃん、優子ちゃんをはじめとする六、七人のメンバーは、フェンスにあいた穴をくぐって敷地内へと侵入を果たします。

 ですが、みのりさんは建物の中へ入ることはできませんでした。

 マンションの正面入り口が見えた瞬間、体が固まってしまったのです。


 入り口から覗く建物の中は真っ黒でした。

 外はまだ明るいのに、マンションの中だけがスミで塗りつぶしたように黒いのです。

 自分が普通でないものを見ていることは、すぐにわかりました。絶対に近づいてはいけない。本能が、そう警告している気がします。


「ここ……危ないよ。やっぱり帰ろうよ」


 みのりさんはみんなを引きとめようとしましたが、留美ちゃんは耳を貸そうとしません。


「大丈夫だって。私の守護霊は強いから、何かあったら守ってあげるし」


 まわりの優子ちゃんたちは(またはじまった)と呆れた顔をしていましたが、留美ちゃんの機嫌をそこねるとコスメや雑誌を見せてもらえなくなるので、ウンウンと話を合わせていました。誰ひとり、みのりさんの味方はしてくれません。


 結局、留美ちゃんたちは、みのりさんを置いてマンションへ入っていってしまいました。


 真っ赤に錆びたフェンスの前でハラハラしながら待っていると、十五分ほどで、みんななにごともなく帰ってきました。


 留美ちゃんは「スマホで写真を撮りまくったから、心霊写真があるかも」と笑っていました。

 同行したみんなも興奮した様子で「怖かったね」「でも楽しかった」と話しあっています。

 みのりさんは、自分ひとりだけ仲間外れになったように感じて、悲しくなりました。

(霊感なんてなければ、普通にみんなに混ざれたかもしれないのに……)


 次の日の朝早く、みのりさんの家に担任の先生から電話がかかってきました。

 留美ちゃんが亡くなったのです。

 昨夜、二階の部屋から転落して、首の骨を折ったのだといいます。


 事故に遭う前、留美ちゃんはLIMEライムを通じて、みんなに写真を共有していました。

 そのうちのひとつには、ドアの隙間からこちらをジッと見つめる、目の真っ黒な女の姿が写っていたそうです。


 みのりさんはこのとき初めて「霊感があってよかった」と思いました。

 霊感があったおかげで、自分は、本当に危険な場所を事前に避けることができた。

 でも、留美ちゃんにはわからなかったのです。自分の行く先に、死の運命が待ち構えていることが。


 * * *


 わたしがこの話をボツにしようと思ったのは、話に出てくる「留美ちゃん」の末路が気に食わなかったからだ。

 わたしはそこに、道徳の教科書じみた説教臭さを感じる。まるで「ウソはいけませんよ」「目立ちたがりはいけませんよ」とお説教しているみたいじゃないか。


 怪談は好きだけど、お説教は嫌いだ。

 怪談はエンターテイメントだ。どうせ幽霊なんていないんだから、面白がって何が悪いのさ。


 わたしがそんなことを考えていると、ひかりがポツリと言った。


「……よかった。ヤミちゃんに霊感あって」

 え?


「なあに、それ。どういう意味?」

「ん、えっと……さっき、ぼくがレーバイやって話したやろ? 普通の人がぼくと一緒におったら、ペラペラにやられた先生みたいに、ひどい目に遭ってしまうかもしれんやんか。でも、霊感があるなら安心たい。オバケがおっても、見えてればちゃんとけんね!」


 にへっとゆるんだ、信頼感百パーセントという感じの笑い顔を見て……突然、わたしの胸のどこかで、謎の警報が鳴りだした。


 なにかを間違えた気がする。

 大事なボタンをかけ違えたような、〇×テストで解答欄がひとマスずれていることに気づいたような……。

 だけど、その違和感の正体が何なのか、わたしにはどうしてもわからなかった。

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