●つながる呪いはカンカンカン:急

 プランC。

 それは、ひかりの霊媒体質を使って、鎖原錠のもとから宮藤環奈を引きはがすという作戦だった。


 これを思いつけたのは、ひかりが小さい頃、公園にいた地縛霊を引っぺがして連れてきてしまったエピソードのおかげだ。

 先月の事件で、ひかりが撮影という手段を使わずにハリコさんの呪いを引き受けてみせたのも補強要因のひとつではったけど、百パーセントの確証はなかった。ただの賭けだ。

 勝算があるとしたら、チサティーさんの話……ひかりのつながる力・・・・・が、普通ではありえないほど強いということだけ。


 それでも、わたしたちは……賭けに勝った。


 貨物列車が通りすぎ、遮断機が上がると、踏切の中には、ところどころ「歯抜け」になった行列が立っていた。

 うつむいたままの人影が、思い出したように、つないでいた手をフッと外す。両手が自由になった人影はその瞬間、カメラのシャッターを切ったように消えてしまうのだ。それが、みるみるうちに広がってゆく。


 彼らをこの世につなぎとめていた、鎖原錠とのつながり。ハブ役になっていた宮藤環奈が外れたことで、その連結を維持できなくなったんだ。


 ハッとしてひかりを見ると、背中にはもう、誰もいなくなっていた。

 ひかりはほっとした顔で肩を払うと、立ち上がって踏切へ向き直った。その視線の先に、黒いポリ袋が転がっていた。


 わずか十数人になったカンカンカンの構成員たちを引き留めようとするみたいに、ポリ袋からは二本の腕が伸びていた。

 けれどその両手は空をくばかりで、誰もその手を取ろうとしない。そうする間にも、人影はみるみる数を減らしてゆく。


 やがて、最後に残ったスウェットの男性が消えると同時に、ポリ袋から伸びる手は力を失い、ぺたりと地面に伸びた。

 袋の中ら、低い、すすり泣くような声が聞こえてくる。


「……なんか、かわいそうやね」


 ひかりが言った。


 ……確かに、そうかもしれない。

 傷つけることでしか他人とつながれなかったのは、鎖原錠の不幸だ。ある意味、彼は誰よりもひとりぼっちだった。彼もまた、この現代社会の被害者だったのかもしれない――。

 ……なーんて、誰が思うかッ!!


 わたしはズカズカ線路内に踏みこむと、


「ミステリアス霊感美少女キ――ック!!」


 力いっぱい、ポリ袋を蹴っとばした。


 ひかりの下顎が、かくんと落ちる。

 ずっしり中身が詰まっているポリ袋は意外と重く、わたしのキックでもごろりと横倒しになるだけだった。むしろこっちの足首がグキッとねじれた。

 それでもわたしは、ポリ袋に指をつきつける。


「わたしはひかりみたいに優しくないから、おまえに同情なんてしない。おまえがそうなったのは、全部、なにもかも、一から十まで自業自得よ! おまえは誰からも愛されなかったし、おまえがいなくなることを誰も悲しまない。わかったら――とっとと地獄に堕ちなさい!!」


 ポリ袋から伸びた死体の腕はだらりと脱力したままで、わたしがしゃべっている間も微動だにしなかった。

 あれ。もしかしてこいつ、死ん――……。


 次の瞬間、ポリ袋から裸足の二本脚が飛び出したかと思うと、瀕死のゴキブリそっくりの動きでガサガサガサガサとわたしめがけて突進してきた。

 わたしの脚を伝って胸まで這い上がり、四本の手足全部で首をわしづかみにしてくる。

 袋の中央では、赤黒い液体と肉にまみれた少年の顔が、怒り狂った叫びをあげていた。声はもはや人間の言葉ではなくて、電車のブレーキ音を長々と引き伸ばしたようなただの金属音だった。


 今度こそ本当に腰が抜けた。


 ひっくり返ったわたしが腰を強打すると、その衝撃で、少年の指がもろもろっとモゲた。風雨と紫外線にさらされて劣化した洗濯バサミが壊れるような感じだった。

 走ってきたひかりが、ポリ袋の底を引っぱってはがす。そのまま勢いをつけて地面に叩きつけると、プリンみたいにべしゃっと潰れ、汚い汁とゲル状の断片が飛び散った。


 途端とたんに。

 世界から遠ざかっていた音が、どっと戻ってきた。

 名前もわからない虫の声。風で植木の葉がこすれる音。どこかの民家からかすかに漏れてくるゲームのSE……。


「終わった……」

 ひかりがぺたりと座りこむ。

 その視線の先には、ぼろぼろに劣化しきったポリ袋の残骸が、泥とも土ともわからないものにまみれているだけだった。


 この世に自分自身をつなぎとめておく力を失い、怪異としての形を維持できなくなったカンカンカンの――鎖原錠の最期だった。


 わたしは。

 ……ちょっとだけちびった。


 * * *


 わたしたちはそれから、十分近くも線路の脇でへたりこんでいた。

 とはいえ、ずっとそうしているわけにもいかない。ガタガタの足腰に活を入れて、どうにか立ち上がる。


「……帰りましょうか。ひかり、道わかる?」

「なんとなく……」

「そう。よかった」


 ひかりの道案内でとぼとぼ『よびごえ』を目指す。

 途中で見かけたコンビニに、人の姿があってホッとした。どちらからとなく目線をかわして、自動ドアをくぐる。


「しゃーせー」


 レジ裏でごそごそ作業していた店員のお兄さんが、気の抜けた挨拶をした。


「喉カラッカラ……。お茶買っていきましょ」

「ぼくジュースにする……」


 ふたりで、店舗の奥に据えられたドリンクコーナーに向かう。色とりどりのラベルの上で視線をすべらせていると、チチッと一瞬、照明がまたたいた。


「ん?」


 ドリンクを冷やしているガラス扉の中を、何かがすっと横切った気がした。思わず目をこする。

 改めて見つめたガラス扉の中が、暗い。


「……え」


 ごぽ。


 水音が聞こえた。

 ドリンクコーナーの中は、一面が暗黒の海だ。ごぼごぼと音を立てて噴き上がる気泡に混じって、金属的な赤いきらめきが、ひとつ、またひとつ……。


「ひっ……ひかり! ひかり!!」


 横へ目を遣ると、ひかりがその場にへたりこんでいて。

 銀色の光に縁どられた目で、ガラス扉を見つめていた。

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