第4話 就職の儀

 【カルタナ大聖堂】

 都市でも一際大きく、白い壮大なこの建物。

 中はドーム状の空間になっており、白い壁や天井に様々な絵が描かれている。

 大きな儀式などにこの大聖堂は使用されている。

 その儀式の中に成人式も含まれる。


 カルタナ、また周辺の小さな町や村などから16歳を迎える者が一斉に集まり成人式――就職の儀がここでおこなわれる。


 当然俺も参加。

 父さんも着たこの黒く、襟が赤いローブを着ている。

 なんでもこの都市の礼装はこういったローブだということだ。

 魔法使いになったような感覚だ。


 しかし、何人いるんだろうか?

 俺の学校の同級生だけでも80人。

 ざっと500人ほどは超しているように感じる。

 大きなこの大聖堂の空間も成人を迎える人で一杯だ。


「晴れやかなこの日。君たちは成人となる――」


 大聖堂の前列に神父が立ち、口上を述べる。

 皆少しのざわつきはあるものの神父の言葉に耳を傾け、真剣な眼差しを送っている。

 

 そして、前世でよくニュースで見た大きな騒動などはなく式は進み――就職の儀に移った。


 いままで大まか静かだったこの空間もざわめきを大きくする。

 それは当然とも言える。

 この世界に転職などというものはなく、ここで決まる職業を一生全うする他ない。


 私生活だけならまだ、その影響は少ないだろう。

 しかし軍人や冒険者などなら話は変わる。

 戦闘スタイルも職業の影響が大きい。

 剣士なら剣の、守護者なら盾や防具の、魔法使いや神官なら杖に補正値が足される。

 スキルもその職業固有のものが多い。


 勿論先ほどから前にいる神父は神官である。

 武器や防具をつくるなら鍛冶師。

 薬師や料理人といった職まである。

 そういった仕事に就くためにも職業が絶対的なものとなる。


「ロビン、いよいよだな」


 隣に座る学校の同級生であり、親友とも言える【ロラン】が話しかけてくる。

 彼もそわそわしているようだ。

 膝に置いた手が僅かに震えているのが目で見て分かる。


「あぁ、緊張するな」


「なんでお前も緊張しているんだよ」


 ロランが俺に笑いながら言ってくる。

 緊張しないわけないじゃないか。

 俺はこの世界に生まれてこの就職システムを知った日からこの日に備えていたんだから。

 神が言っていた16歳のリミット、これは確実にこの就職の儀を想定している。

 『行けば理解できる』というのはこのことだと一発でわかった。


「まあ、お前は伝説の勇者になれるかもって逸材だからな、その緊張もあるか」


 「ハハハ」と肩を容赦なく叩いてくる。


 子供の時からそのレベル上昇の速さとステータスで勇者になるかもしれないと言われてきた。

 ここまで努力してきたのだから当然その欲もあるが、俺は別に勇者までとはいわない。

 父さんと同じ剣士、母さんと同じ神官、または魔法使い――正直、派手な職業ならなんでもいい。


 前世で就職すらできなかった俺からしたら大きな進化だ。

 まあ、でも勇者になったら父さん、母さん喜ぶかな。

 それなら勇者がいいな。


 そうこうしている間にも儀式は進む。

 神父から告げられた職に喜ぶ者、落ち込む者、一人一人が様々な反応を見せる。


「俺は剣士だったぜ」


 戻ってきたロランが言う。

 こいつは有名な剣士の貴族家系だし剣術の腕も高い。

 そりゃ、剣士だよな。

 俺は「おめでとう」と祝福する。


 そして、ついに俺の名前が呼ばれた。


 立ち上がり神父のもとへ向かう。

 俺の名前が呼ばれ、会場が今まで以上に大きなざわめきをみせる。


「あいつがあのロビンか」


「えっ? 勇者になるかもっていう、あの?」


「ついに勇者が誕生するのか?」


「ロビーン!」


 耳の端に聞こえてくる声。

 正直やめてくれと思う。

 そこまで注目されたら余計緊張してしまうだろ。


 そして神父のもとへ辿り着く。

 すでに心臓はあの時以来の高鳴りをみせている。


 神父は魔法の水晶で俺を覗く。

 この水晶に示される職業が俺の職業になるのだ。


 職業選択には様々な要素が考慮される。

 勿論、ステータスも大きな要因となるがその他、性格、おこないなども加味されるのだ。

 

 さあ、なんだ?

 剣で格好良く敵を斬る剣士?

 ど派手な上位攻撃魔法を放つ魔法使い?

 神の加護を受け回復や守護魔法を使う神官?

 もしくは盾で強大な一撃から味方を守る守護者?


 水晶に文字が映し出されていく。


 そして神父から俺に告げられる。

 その職業は――。


「そなたは《盗賊》じゃ」


「……えっ?」

 

 思わずうわずった変な声が出た。

 と、盗賊? この俺が?

 場がなんだか凄くざわざわしているがその雑音は俺の耳にはもう届かなかった。


 どうしてだ?

 盗賊はその名前の通り、盗みを得意とする職業。

 素早さと器用さの補正値がつき、短剣を得意武器とする。

 ちょこまかと正直地味な職業だ。

 

 それはまだいい。

 問題は、盗賊は悪行をしてきた人間が選ばれやすいとされる忌み嫌われる職業であることだ。


 俺悪いことしてきたか?

 親の言うことはなるべく聞いてきたし、学校でも優等生をしてきた。

 自分で言うのもなんだが、誰にも恥ずかしくない半生を送ってきたはずだ。


 ――『どっ! 泥棒!』


 薄れてきた前世が思い出された。

 そうか、前世は今も俺を縛るのか。


 あれ? 涙?

 視界が滲むにじむ。

 悔しさが溢れてくる。

 手で拭っても拭っても次々と溢れてくる。


 父さんから貰ったせっかくのローブが涙と鼻水でベトベトになる。

 

 何が『努力すれば報われる世界』だ。

 しっかり、天罰を与えてるじゃないか。

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