第23話 髪飾りとブレスレット

 次はどこに行こうか。

 カルタナの都市をこんなにゆっくりと歩くのは久しぶりだ。


 レイは今頃どうしているだろうか。

 食べることがすきなあいつだ、食べ歩きでもしているのだろうか。

 

「ん?」


 目に入ってきたのは装飾屋に飾られた蝶の髪飾り。

 くもりひとつないガラスから姿を見せる小さな黒い蝶。

 ところどころにエメラルドがはめられており、光の反射でキラキラと光る。

 

 それを横目で見た瞬間それをつけたレイが浮かんで足が止まったのだ。

 

 気が付くともう足は装飾屋の中に向かっていた。


「いらっしゃいませ」


「すみません、これなんですけど」


 装飾屋なんか一度も来たことがないため少し緊張する。

 中はなんというかキラキラな世界。

 人を美しく魅せる為の装飾品がそこには並んでいる。


 もとよりオシャレなんてしたことがない俺。

 目移りしてしまうといけないので最初に惹かれた物を指して購入する。

 前世でも女性が身に着けるアクセサリーの値段には驚いたものだ。

 服の時もそうだったが、装飾品でもそれは前世の世界と変わらないらしい。

 

 しかし、ここは男らしく即決する。

 お金を持った瞬間に無駄遣いと思ってしまうが、まあ今日ぐらいはいいだろう。

 

 さて、もうすぐ日も暮れるな。

 レイとの集合場所である宿屋に戻ろうか。

 ちなみに宿屋も少しグレードアップした。

 あの固いベッドともお別れだ。

 

「ごめん、待たせたかな」


「いいえ、私もさっき戻ったところよ」


 宿屋の前にはすでにレイが待っていた。

 

「さ、ご飯にいきましょう」


「あれ? レイは食べ歩いてお腹はもう空いてないものだと思ったよ」


「失礼ね。私をなんだと思っているのかしら」


 軽い冗談のつもりで言ったがレイは女の子、考えるととても失礼な発言だった。


「ごめんごめん。じゃあ今日は少し良い物を食べようか」

 

「いいえ、いつもの定食がいいわ」


 意外な返答に少し驚く。

 なんでもギゼノンで違うものを食べたからいつもの安い定食が恋しくなったそうだ。


 ♢


「それで、レイは今日は何をしていたの?」


 定食を食べ終わり、そのまま少し雑談に入る。


「ほとんど都市をフラフラ歩いてただけよ。あ、でもこれは買っておいたわ」


 そういうと杖を取り出す。

 30センチほどの魔法使い用の木の杖。

 以前購入したものよりも性能がいいものらしい。


「必要ないとは思うけれど、私も少しは貢献できるようにはならないとね」


「そうか」


 必要ないなんてことはない。

 レイのその気持ちが何よりも大事だと俺は思う。

 これから一層レイは強くなっていく――いや、強くなってもらうのだから。


「あなたは? 何をしていたの?」


「俺も武器を買いなおしたんだ」


 俺も購入したダマスカスの短剣をレイに見せる。

 どうだ、かっこいいだろう。

 そういった反応をしてくれるものだと思ったがレイの目は少し冷ややかだ。


「男の子が好きそうなデザインね」


 男女ではものの価値観が違うらしい。

 そのかっこいいと思っていた木目のデザインが彼女にはそう映らないらしい。

 そう察した瞬間に少し恥ずかしくなる。

 

「ダマスカスと言って性能がかなりいい剣らしいよ」


「へぇ……そうなのね」


 厨二と思われたくないので慌ててデザインで選んだんじゃないと繕う。 


「それと学校の友達と会ったよ」


「友達?」


「ああ、軍に入隊していたよ」


「そう、あなたってあの名門の学校だったわよね?」


「そうだよ」


「それじゃあその友達も大変ね」


「どういうこと?」


「持つ者にはわからないことよ」

 

 またレイはもったいぶる。

 自分のこともそうだが、彼女はあまり語らない。

 意味深長なその言葉に俺は振り回される。

 しかし、ロランもエルシーもただ仲の良い親友であって大変な思いをさせたことはないと思うが……。


 ♢


「あのさ、レイ」

 

「なに?」


 食堂を後にして宿屋の前まで戻った所でレイを止める。

 食堂では渡す雰囲気にならなかったこのアクセサリーを渡さなければならない。

 

 しかし、渡すタイミングになって本当にこれで良かったのか不安になってくる。

 女性にプレゼントなんて母に渡したぐらい、前世でももちろんそういった経験はない。

 なのでこのハードルの高さに今更になって気づいてしまう。


「どうしたの?」


 レイがなかなか切り出せない俺に小首を傾ける。

 よし渡すぞ!

 いざ決意をし、俺は右手の平に黒い蝶を出して彼女に見せる。


「これ、レイに似合うと思って」


 レイは少し沈黙し、気まずい雰囲気が俺を包む。

 あれ? あんまり気に入らなかった?

 かなりの恥ずかしさが込み上げてきて冷や汗がでてきたところで彼女は一つ息を吐く。


「はぁ、思っていることはあなたも同じってことね……」


 レイがふと差し出した俺の右腕を掴むとなにやらカチッという音がする。

 彼女の手がほどかれそこには赤く少し厚めのブレスレット。

 

「プレゼントよ、どうかしら?」


 しばらく言葉がでなかった。

 レイがプレゼントをくれるなんてみじんも思っていなかったのだ。

 これは感動、というのだろうか。


「あまり、気に入らなかったかしら……」

 

「ううん、ありがとう! 大事にするよ!」


「そう、それならよかった」


 俺の反応がないためか、少し弱気な口調になる彼女に慌てて今の気持ちを言う。

 それに彼女は安堵の表情をする。

 

「それ、付けてくれるかしら」


「あ、うん」


 髪飾りを指差して言ってくる。

 俺は彼女の髪のサイドにゆっくりとそれを持っていく。

 目をつむる彼女の綺麗な顔がアップで目に入る。

 髪を優しく掴み取り付けにはいる。

 髪、やっぱりサラサラだな。

 緊張して手が震えそうになったがなんとかつけることに成功する。


 彼女から離れると彼女は目を開けて蝶に手を当てる。


「どうかしら?」


「うん、似合っているよ。とても」


 金の髪、白い顔にその黒い蝶はよく映える。

 服装にも合っていると俺は思う。

 なので自信たっぷりにそう答えてあげた。


「そ、そう」


 口元に手をあて、はにかむレイ。

 店の明かりで黒い羽にはめられたエメラルドが輝きを放つ。

 それはきっとその蝶が喜び、羽を羽搏かせたからだろう。

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