第24話 それは前触れのない隕石のように

 ☆★

 

 世界の原初は暗い混沌だった。

 神はこの混沌の世界に4種の使者を創造した。

 闇、光、水、火。

 その使者はこの世界を形成するための姿を得た。

 それがこの世界で初めての生命とされる。


 それは魚のような硬い鱗に覆われる。

 それは蛇のような尾を持つ。

 それは鳥のような足と翼を持ち自在に空を舞う。

 それは人間のように知能を持った生物。


 人は後にこの生物をドラゴンと呼んだ。

 

 闇のドラゴンは混沌を鎮めた。

 光のドラゴンは太陽を造り世界を照らした。

 水のドラゴンは海を造り生命の母となった。

 火のドラゴンは大地を造り生命の進化を導いた。

 そして生命の繁栄を見届けドラゴンは眠りについた。


 これは遥か昔からイスティナに伝わる創造神話。

 人はある時はそれを魔物と呼び、ある時は神と崇める。

 今ではその生命は存在しなかったとされる。

 しかし、それは人の興味を引いてやまないものとして今も存在する。


 ♢


 カルテナ周辺で一番高い山。

 標高3000メートルを誇るその山【モア・グランド】。

 山頂には一年中雪が積もり、遠くからみるその雪景色はとても美しい。


 その山のふもとにある村は今日の活動を終えていた。

 辺りはすでに暗く、月と星の淡い輝きが地上を照らす。

 虫のさえずりと夜行性の動物の鳴き声だけがこの村に音として存在する。


 人は変わらぬ一日に感謝し、新たに来る一日を待つ。

 そこに何も心配のある者はいなかったであろう。


 しかし、異変はもうすでにそこに迫っていた。

 鳥が真っ先にその異変を感知し、一斉に羽ばたく。

 虫も異変を感じ、鳴き声を大きくする。

 動物や魔物がそれに気づき、一斉に移動を開始する。

 

「なんだ? 外が騒がしいな」

 

 1人の村人がその異変に気付く。

 外に出てみると鳥によって空からの光は遮られていた。

 虫の不快な羽音と動物たちの足音で地が揺れている。


「おい! 起きろ! 起きるんだ!」


 その村人は気づいた他の村人と共に村を回って人を目覚めさせる。

 呑気に眠りについていた人も外に出ると一気に目が冴えた。

 それほど辺りの様子がおかしかったのである。


 ――風が吹く。

 それは自然のものではなく何ものかが起こしたものだと感じられた。


 ふと視線を上げると鳥の群れを突き破る巨大な影が一瞬映る。


 その影は急上昇し、そこでまた強風が村を抜ける。

 天を遮るものがなくなり、淡い光がそれを映す。


 赤い姿で頭部にツノが生え、巨大な翼を羽ばたかせ、長い尻尾を持つその生物。

 それは神話のドラゴンの特徴のそれと酷似したもの。

 月夜に照らされるその赤いシルエットに外へ出た村人は皆がして目を見開き、口を開けた。


「逃げろ!」


 誰かが発した言葉で我に返り、皆が一斉に走り出す。

 

 やがて後ろから強烈な光がさす。

 後ろを見た村人はそれを目にして恐怖で足がもつれて転んだ。

 腰が砕けて立ち上がれないその村人を他の村人が無理やり引っ張ってなんとかまた走り出す。


 村人が見たのはモア・グランドの燃え盛る姿。

 人知を超えたその光景が脳にこびりついた。

 普段失われることのないと思えるほどに偉大だったその山の景色。

 それが一瞬で失われたのだと嫌でも理解させられた。

 

 村人たちは逃げた。

 一心不乱に逃げた。

 その影は後ろから襲ってくる気配はない。

 しかし、速度は落とさない。

 標的にされたらどんなに速く走っても無駄だと脳が理解していたからだ。

 

 目指すは都市、カルタナ。


 助けを求めて今は走るしかない。

 日常を取り戻すために今は走るしかない。


 ♢


 都市の門を抜け一気に疲れが村人たちを襲う。

 気づけばもう朝日が頭をだしている。

 村とは違い建物が立ち並ぶその都市の光景に安心し、ほとんどの村人は地に手を着き、動けなくなる。


「何があったのですか?」


 丁度門の警備をしていたロランが一斉にやってきた村人に話しかける。

 その様子を見て、これは只事でないと容易に察知した。


「ド、ドラゴン……ドラゴンが……」


「ドラゴン!? どういうことですか?」


 モア・グランドで大きな火災があったことはこの都市からでも見てとれていたが、事態はそれよりも深刻である。


 ロランは息も絶え絶えのその村人からできるだけの情報を聞き取り、上司へ報告する。

 上司は最初冗談と疑い半分だったが、門で倒れる幾人もの村人を見て血相を変え、すぐさま領主へ報告をした。


 領主の動きは早く、すぐさま非常事態宣言をおこなう。

 まだ太陽もようやく顔を全部出したころ、今だ半分夢見心地な民衆の耳に甲高い鐘の音が何度も響く。


 ――人類と神話の戦いがおこなわれようとしていた。


 ★☆

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