第72話 海に潜む怪物
☆★
「平和そのものだけどな」
イスティギルドの指名依頼で彼はここに来ていた。
目の前にはいつもの見慣れた一面の海。
都市の多くが海に面した都、イスティは海産物の貿易が盛んである。
そして彼の目の前に映る青い景色の中にも何隻かの木造船が姿を見せている。
彼の名はアレス=リビアド、イスティギルドのSランク冒険者であり若い剣士である。
素早い動きと強い攻撃を得意とする彼は、急所を守るための額当てと胸当てのみを防具として装備し、腰には薄くも耐久性や切れ味に優れた特注の剣が携えられている。
「おうアレス、待たせたな」
遅れてきたのは熟練の魔法使いであるアルファ=ロイ、その後ろには可愛い顔をした賢者の女性リヤ=メナード、そして槍士のリアム=ハイアーである。
共にSランクの冒険者であり、イスティギルドの5人のSランクの内、他の依頼をしている1人を除いた4人がここに集結していた。
「しかしSランク4人集めるとは、どんな化け物がいるんだろう?」
リアムが問いかける。
「船が何隻かやられて冒険者も何人かやられたみたいだけど、クラーケンなのかな?」
リヤが考察するクラーケン。
海に潜む赤く船をも超える巨大な魔物。
多くの触手のような手を持ち、それには吸盤がいくつもついている。
それに触れたが最後、離れることは出来ず海の底に引き摺られてしまうという。
そして最近遠洋に出ていた船の消息が途絶える報告がしばしば聞かれる。
その調査、原因の解消が今回の依頼となる。
「ハハッ、これだけの人が集まったんだ、えらい凶悪なクラーケンなんだな」
クラーケン自体の討伐依頼は過去にも前例がいくらかある。
強い魔物で討伐難度は高いが、それでもSランク冒険者なら1人でも討伐できるのが可能である。
なんならAランク以下の冒険者でも協力し、効率よく対処すれば討伐できるぐらいだ。
しかし今回は彼らの前にギルドにて討伐依頼がだされたが原因の魔物が討伐されることなく、姿を確認できなかったか、行ったきり戻らなかったか。
「とりあえず行きましょう」
「そうだな」
4人はギルドの用意した木造船に乗り込む。
船の操縦をするのもギルドの職員、危険な依頼のため命を捨てる覚悟で引き受けた。
「じゃあ行きますね」
「ああ、よろしく頼む」
気候は良好、波も穏やかで事故の危険はほとんどないだろう。
ゆるやかに揺られる船の中、ゆったりとはいかないスペースに4人は座って考察の続きと対策を話し合う。
「クラーケンならいくら大きなヤツでもこれで対処できるはずだ」
「ええ、そうね。クラーケンじゃない場合はどうしましょう?」
「とすれば恐らくジャイアントシャークだろう。あれならば上空からの攻撃でなんとでもなる」
アルファが答える。
鋭い牙と強靭な顎を持つ海に住まう魔物であるジャイアントシャーク。
海のハンターと言われ、大きな体で上半分が黒で下半分が白色。
海中深く潜み獲物を狙い、体のわりに素早く泳ぐことができる。
しかしジャイアントシャークの場合クラーケンの様に長い触手があるわけでもなく、飛びかかりの攻撃はあるが射程は短い。
つまり海中で戦わず空中にいれば最低でもやられることはない。
「まあ十中八九そのどちらかだろう。大丈夫かとは思うが複数体の可能性もある。気だけは抜かずにいこう」
「当然だ」
陸がどんどん遠くなり、ついに見えなくなる。
日も落ちてきて周りは海以外何もない、不気味な雰囲気が冒険者達を包み込む。
「来るなら昼の間の方がいいんだけど、いやはや中々思い通りにはいかないな」
やがて完全に日は落ち明かりは月や星の淡い光と手に持つ松明のみ、辺りは数メートル先は何も見えない暗闇となった。
「――来たな」
「ええ」
「「「「シールド」」」」
4人が跳び上がりシールドを足場にする。
その刹那船が何者かによって飲み込まれた。
僅かな波の変化に気が付け回避できたが、並の冒険者なら今ので胃の中だろう。
「クラーケンじゃあなさそうだ」
船頭を抱えたアレスが言う。
4人はどんどんとシールドを足場として展開して上空へとのぼる。
やがて標的の頭部が水面へと姿を見せていく。
「ジャイアントシャークでもなさそうだわ」
全容はまだわからないが、それは4人の想像したら2種の魔物のいずれでもなく、今までみたこともないようなもの。
「なんだ、新種の魔物か?」
全員が身構える中、遂にそいつは海面から飛び出し、勢いよく水飛沫をあげると共に姿を見せる。
「サポートは任せてください――ビルドアップ!」
パーティ全員にリヤの身体強化魔法が施される。
「いやはやこれは……最近ツイてないな」
青い輝きを見せる体を見てリアムが松明を捨て槍を構える。
「こんなものが本当にいるとはな――サンダーボルト」
アルファの雷の上級魔法により、天より雷がそれに落ちる。
強い白光と轟く雷鳴、くっきりと映ったその姿。
『ナゲカワシイ、ナントオロカナコデアルカ……』
「普通雷が弱点だろ」
微動だにしない健在な姿にアルファが思わず苦笑いする。
「今度は俺が――」
アレスはシールドの足場を乗り換えながら素早く敵に向かっていく。
『オロカナ……』
黄色い眼光がアレスを捉え、煌めく。
「くらいやがれ――ハヤブサ斬り!」
それに怯まず、アレスは高速の剣技を持って怪物に斬りかかった。
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