第60話 レイの過去
「私の両親はどちらも、もともとは裕福な貴族家系だったらしいわ。母は貴族、父はアライサムの領主に仕える近衛兵――」
そう語りだすレイ。
なるほど、どうりで振る舞いに気品を感じるのか。
奴隷身分だったのになぜ礼儀正しいのかの謎が解けた。
「母はとても美しく、婚約の申し出が後を絶たないほどだった。父は領主の信頼も厚く、魔法の腕が相当なものだったそうよ」
両親共凄い人だったんだな。
確かにレイはかなりの美人だ。
俺だけが言っているのではなく、これはカルタナなどでも度々言われてきたことだ。
母に似ているのだろうか。
「だけど、私が産まれた時には奴隷――貴族とはかけ離れたものだったわ」
「どうして?」
貴族から奴隷。
いったい何が起きたというのだろうか。
「理由は簡単よ。母と父が恋に落ちた、それだけ」
「それだけって。どうして恋しただけで……」
「領主が母に求婚していたのよ」
合点がいった。
どこの世界でもこういうことがあるのだな。
禁断の恋をしてしまい、領主の怒りを買った。
だけど、そんな理由で奴隷に堕とすなんて……。
「そして剣闘士奴隷として、父は私を身籠った母とともにギゼノンに売られたわ」
剣闘士奴隷?
「父は強かったわ。闘技場で負けを知らない。人気もあった」
レイの父も闘技場で戦っていたのか。
なるほど、剣闘士奴隷というのは闘技場で戦わせるために買われた奴隷というわけか。
みんなに愛された剣闘士だったんだな。
「ロビン。一応言っておくけれど、ここでいう人気はあなたの思っているものではないわよ」
「え?」
「闘技場でおこなわれるのは賭け試合。儲けさせてくれるから人気があったのよ」
賭け?
神聖な戦いを賭けの対象にするなんて――。
「この大会も全て賭けがおこなわれているわよ」
『ふざけるな!』
『お前のせいで俺は大損だ!』
あぁ、あの罵声たちは賭けに負けた観客からのものだったのか。
誇りをかけた試合の裏で俺たちはそんな汚いことに利用されていたのか……。
「話を戻すわよ。だから私たちは奴隷でありながらマシな生活を送れていたの。だけど――」
レイが言葉を詰まらす。
彼女と両親になにがあったのだろうか。
俺は固唾を呑んで重たい口が開かれるのを待つ。
「ある日の試合、私と母も観戦した試合。観客席の熱狂具合はいつになく大きかった。きっととても大きな賭けがおこなわれたのね。そこでも父は勝ったわ。でも、その後なにがおきたかはわかるわよね?」
その答えを俺は知っている。
この大会で俺が痛いほど見てきた光景なのだから。
俺は頷くと彼女は続けた。
「父はその敗者を凄い罵声や投げつけられる物から守るために身を乗り出したわ」
レイの父はとても良い人だったのだろう。
あの罵詈雑言の中かばいにいける人はどれだけいるだろうか。
「でもそれが間違いだった」
「え?」
なにが間違いだったんだ?
正しいことをしているように思うけど。
「その敗者は自分を守ってくれているはずの父の背中に剣を突き刺したのよ」
驚いてなにも口にできなかった。
どうしてそんなことをしたんだ?
俺には理解ができない。
「忘れもしない。私は今でもすぐにその敗者の顔を思い出せるわ。あの歪に笑むおぞましい顔。そして観客の狂乱を――」
座って話すレイの膝に置かれた手に力が入る。
ひらひらのスカートにシワが寄り、少しばかり震えも見える。
きっとそれはトラウマだろう。
俺も両親が殺される現場を見たら、きっと一生脳裏に焼き付いてしまう。
「母はその日から精神を病んでしまったわ。綺麗だったその笑顔を二度とみることができなかった。艶やかな髪もどんどん汚いものになっていったわ」
地位を投げ捨ててまで添い遂げることを選んだんだ。
その絶望は計り知れないだろう。
「父が亡くなって当然、生活も困窮したわ。食も与えられない、話しかけても母はすでに会話もままならない。そんな母に価値はなく、奴隷の身分にすらもしてもらえない。私たちの生活はまさしく地獄だった」
「ふむ、それでレイは食べ物に対する執着が凄いのじゃな」
ファフニールの空気の読めない発言にレイは「そうかもしれないわね」とだけ返してまた本題に戻る。
「そしてそのうちに母も亡くなった。その体はやせ細っていてもう私が知っている美しい母の面影はどこにもなかったわ」
レイの目に少し力が入っている。
目の端には今にも零れ落ちそうな涙が溜まり、綺麗な碧眼は小刻みに揺れる。
「私はとにかく生き残るために奴隷にしてもらったわ。そして売りに出される途中、あなたに会った」
レイの話はここで終わり。
とても重く、つらい話が終わった。
いつのまにか俺の目にも熱いものが込み上げていた。
「話してくれて、ありがとう」
「どうしてあなたが泣きそうなのよ」
ついに彼女の涙腺が崩壊する。
きっと話すのもとてもつらかったはず。
だからレイは自分の過去を話さなかった。
それを俺に話してくれた。
ありがとう。
不謹慎だが、それがとてつもなく嬉しく思ってしまった。
そしてひとしきり泣いた後、彼女はいつも以上に食事をとった。
しかし、俺はレイとの距離が大きく近づいたのを確かに感じたのだ。
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