第21話 賢王
他の席とは違う装いの領主用の席に俺とケトは座る。
最上階とあり、会場全体が見渡せるいい席だ。
直射日光も直接当たらないようになっているらしく、少し涼しいぐらいだ。
しばらくして観客がぞろぞろと入場してくる。
あっという間に3万人の席が満席となりこの席からみるその光景は圧巻である。
「コロッセウムは初めてかい?」
「はい」
ケトがその光景を見ながら俺に話しかける。
「どうだい? すごいだろう?」
「はい、熱気がすでに伝わってきますね」
「そうだろう。試合が始まれば一層すごいぞ」
「それは楽しみですね」
そして舞台に人が現れ、地面が揺れるほどの歓声が響く。
「さあ、始まるよ」
数は2人。
会場全体を見渡せるかわりに舞台からは遠いこの席。
しかし視力が悪いわけではないので特段不便はなさそうだ。
まあ、さすがに顔の細部までは見えないけれど。
両者共銀に輝く軽装の鎧を身に纏う。
顔面以外の頭部を守る兜の頭頂部にトサカのような飾りがついており、その飾りの色が赤と青で両者違う色になっている。
剣を抜き、両手で構えるその姿から剣士であろうと推測できる。
「あれは我が誇るギゼノン軍の中でも屈指の実力を持つ2人なのだ」
ケトが自慢げに言う。
赤い髪かざりの少し体格が良い方はギゼノン軍百人隊長である熟練兵。
もう1人、青い髪飾りで比べて細身の方は十人隊長でみるみる頭角を現してきた若き精鋭らしい。
2人は舞台の中央にゆっくり近づいて剣を交え、甲高い金属音が鳴る。
これが試合開始の合図らしく両者が間合いを空けて睨み合う。
青の精鋭が最初に仕掛け、赤の熟練兵がそれを受ける形。
どんどんと連撃を加えていき、攻勢をかけていく。
しかし、その攻撃は全て剣で受けられては流されていく。
そしてその隙をついて百人隊長が攻撃を繰り出す。
十人隊長はなんとか急所を外して難を逃れる。
緊張感のある試合。
両者の剣が動く度に歓声が起こり、さらに熱気を帯びていく。
「君からみて彼らはどうだい?」
「強いですよ、2人とも」
ケトの言葉にそう返す。
嘘などではない。
両者ともその剣筋は鋭く、体の使い方もうまい。
青い方は少し粗削りだが恐れがなく剣にも迷いがない。
赤い方に至っては熟練兵だけあって本当に無駄がない。
さすがは屈強なギゼノン兵でもトップの実力の者たちであると感じられる。
「この闘技場の熱気も一層すごいだろう?」
「はい、とても」
「この空気の中強者と戦う。素晴らしいとは思わないかい?」
「そうですね、きっと勝ったときに見える景色は素晴らしいのでしょうね」
「そうだろう、そうだろう」
俺の返答に満足気にうなずくケト。
自国の名物を称賛されることはやはりその土地のトップからすると誇らしいのだろう。
その後も試合は続いていく。
歓声も全く収まることはない。
「我はこの舞台でイスティナの強者を集めて大会を開きたいと思っているのだ」
ケトはふとこちらを向く。
俺の目を見て、微笑みながらも力強い眼差しで彼は「そこでだ」と切り出す。
「ロビン、その時は君にも参加してほしいのだ。バジリスクを倒した英雄が参加するとなれば民衆も喜び、さらに盛り上がるだろう」
強い者が集まる大会――かなりそそられるものがある。
それにこの期待を
俺は快く参加を約束し、ケトはそれにとても喜んだ様子を見せる。
そうこうしているとより一層の歓声が巻き起こった。
それは地震が起きたような揺れを起こすほどのもの。
舞台を見ると赤い兜飾りの百人隊長が剣を高らかに掲げている。
そしてその傍らには剣を放し、膝を突く青い兜飾りの十人隊長。
――勝負が決したのである。
♢
「それで? 参加するって返事したの?」
「ああ、参加するつもりだよ。断れない感じだったしね」
日も暮れ始めた頃祝事も終わってケトとも別れ、門の前でレイと落ち合う。
パレードのことを話していたら大会のことについてレイが反応した。
「まったく、まんまとのせられたわね」
「え?」
レイは呆れた様に首を振り、溜息をもらす。
「このバジリスク討伐の依頼、最初っからこれが目当てだったのよ」
そうレイは話し始める。
レイが言うにはこのクエストの依頼からすでにこれを計画したもの。
英雄と煽り、民を集めてパレードをおこなったのも注目を集めて断りにくくするもの。
闘技場の空気に触れさせ、闘争心を煽りその気にさせる。
全てはケトのシナリオ通りだったというわけだ。
なるほど、確かにそう言われるとそんな気がする。
さすがは賢王とも呼ばれるケト=ラゼフ。
カリスマ性があるとは思っていたが、本当に人を扱うのがうまい人物のようだ。
「闘技場はあなたの思っているような良いものじゃないわよ」
レイは続けてそう話す。
「レイは嫌いなの?」
「嫌いよ。あの場所も、あの男も、ね」
遠い目をして意味深長に言うレイ。
馬車でも言っていたが彼女はケトと何かあったのだろうか。
しかし面識があるわけではなさそうだし、レイも深くは話したがらない。
中途半端なモヤモヤだけ残して俺たちはこの土地を後にした。
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