第56話 決勝前夜

 騒然としたまま準決勝が終わり2日、いよいよあと一つ――決勝の舞台が明日に控えるのみとなった。

 この長かった大会も最終盤。

 大会に参加して俺の目線はだいぶ変わってしまったが、勝って優勝するという決意は健在だ。


 決勝の相手はアルダシール

 対戦相手を殺し、ロランまで殺めてしまうところだったあの男。


 強いのは間違いないが、あの謎多きオーラが1番恐ろしかったところだ。

 あのオーラを纏ってからはさらに別次元の強さになったしあの射出されたそれはとんでもない威力だった。

 それもあり俺よりも強いのではという予測をしている者もいる。


 あの吐血で大丈夫かと思ったが、どうやら大丈夫だったようで日程通り試合が行われるとのこと。

 

 この日はコロッセオにて前夜祭がおこなわれる。

 決勝参加者の俺とアルダシールは招待されたが彼は参加しないらしく姿がない。

 

 他の長椅子様の観客席とは違う。

 一つ一つ独立した席があり、手もたれまでついた土製の座席。

 俺を挟んでレイ、ファフニールも席に座る。


 月明りに照らされるコロッセオ。

 幾多の松明たいまつが舞台を照らす。

 観客からはやはり興奮の声があげられ、夜の静けさはそこにはない。

 

 舞台では楽団による美しい演奏がなされる。

 いくつもの楽器が乱れず、一つの曲を作りだす。

 芸術にはあまり知識はないが、これが高いレベルにあるのは俺でもわかる。

 

「殺しの場とは思えないわね」


 演奏中ぼそっとレイが言う。


「闘いの場でしょ?」


 確かに殺された者もいる、しかしこのコロッセオの目的は殺しではなく強さを競うためにあるはずだ。

 しかしレイは「殺しよ」と先よりさらに小さく言

い、曇った表情を浮かべた。


 楽団の演奏が終わり大きな拍手が沸き起こる。


 「主人! あれはなんだ、奇怪な者が出てきよったぞ!」


 まるでピエロのような派手な格好の人が出てきて、頭の上で大きく手拍子し皆にもするようを促す。

 綺麗に大きな手拍子になったところで舞台の真ん中に大きな玉が出てきて、そのうえで団員が曲芸をおこなう。

 人間業とは思えない体の柔らかさや体幹を駆使して芸をおこない、会場もヒートアップしていく。


 ファフニールはこういうのが好きなのだろう、「なんじゃなんじゃ」と言い目を輝かせていた。

 確かにこれはすごい。

 サーカスと似たような感じだが、本当の魔法をも使用しておこなうそれは実に壮大だった。

 

 ♢


 やがてすべての演目が終わり、ケトが直々に明日の決勝カードを観客に紹介して前夜祭は終了となる。


 「いやぁ、凄かった! 本当にあれも人間じゃったのか?」

 

 やはりファフニールはあの芸団が気に入ったようだ。

 飛び跳ねて冷めない興奮を俺に伝えてくる。


 「ああ、もちろん人間だよ」


 少し笑いそうになりながら返事をする。


 「そうかそうか! 人間とはかように曲がるものなんじゃな!」


 自分の人間の体で真似をしようとするそいつに遂に笑ってしまう。


 「こら、恥ずかしいからやめなさい」


 周りにはまだコロッセウムを出た観客が多く歩いている。

 レイはその人をキョロキョロ見ながらファフニールを制止させた。


 「うむ……難しいのぉ」


 結局できずに諦めて残念そうにするファフニール。


 「ロビン」


 「ん?」


 レイが俺を呼ぶ。

 

 「ちょっと頭を下げて」


 「え? これでいい?」


 俺が頭を下げるとレイは俺の頭上に両手を上げ、首に何かが下される。

 首に吊るされたのはネックレス。

 皮の紐、真ん中には深い紺青色で丸い宝石。

 海の底のように光を吸収し、散りばめられた金色の星が光り輝く。

 

 「これは?」


 「プレゼント。ラピスラズリっていう宝石よ。幸運をもたらす聖なる石だそうよ」


 幸運をもたらす聖なる石か……。

 俺はその宝石に目を奪われていた。

 

 「気に入ってくれたかしら?」


 「ああ、とても。とても気に入ったよ。ありがとうレイ」


 「それならよかったわ」


 手に付けたブレスレット以来のプレゼント。

 しかもファフニールのネックレスと一緒に作っただろうから手造り。

 俺のためにしてくれたことがかなり嬉しく、感動する。

 きっと今の俺の顔は変に綻んでいるのだろう。


 「せこいぞ! 主人だけか? 我にも、我にもよこすのじゃ!」


 レイに迫るファフニール。

 それを「はいはい」と押しのけてレイはファフニールの右手を取る。


 「なんじゃ? この黒いのは」


 小指に付けられたのは真っ黒な宝石のついた指輪。

 ようやくファフニールの格好に赤以外の要素ができたか。


 「ブラックダイアモンドよ。カリスマ性が増すらしいわ」


 「カリスマ?」


 「存在の大きさということよ」


 「そうなのか。うむ、それはよいの!」


 俺だけのプレゼントじゃないのは少し残念だが、この方がいいだろう。

 ファフニールも気に入ったらしくその指輪を天にかざして見ている。


 「その宝石らしく、少しは大人しくしてほしいっていう願いもあるかしらね」


 「むぅ……なんじゃと!」


 さっきまでの喜びがその一言で曇り、頬を膨らませる。

 本当に表情豊かなやつだ。

 それを見てレイが微笑みを見せる。

 彼女にはめずらしい冗談なのだろう、それほどに仲が良くなっている証のようで俺は嬉しい。


 「レイの自分のものは?」


 「そうじゃ、もう一つあったはずじゃぞ?」


 「それはまだ内緒よ」


 相変わらず秘密が多い女性だ。

 でもいつか、彼女の全てを知りたい。

 久しぶりに優しい表情を見せる彼女に俺はそう思った。

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