第57話 過ぎたる心臓

 ギゼノンの空は雲ひとつなく青い光景に白く差し込む太陽の光。

 地面から湯気が立ち、景色をボヤけさせる。

 それは太陽が眩しく暑いからなのか、観客の熱気が凄まじいからなのか。


 俺の前に1人の男が立っている。

 アルダシール=シャー、目が見えないほど前髪が長く、不気味に微笑む漆黒の剣士。

 生気の感じられないその姿でブツブツと何か言葉を放っているようだが、この位置からは聞き取れない。


 ステージ端には観客席を守る様シールドがギゼノン軍により張り巡らされている。

 気にせずに戦え、そう言うことだろう。


「いくよ」


 まずは距離を詰めて懐に入り、短剣を振るうも大剣で防御される。

 そのまま逆に大剣を横に振るわれるのを短剣で防御し、その力を利用して距離を取る。

 なるほど、やはり重い。

 体格では他にもっとゴツイのが多数いたが、力はその人達よりも数段上だ。


 なおも、その不気味な口は変わらない。

 ブツブツと何か唱えたかと思うとニヤリと妖しく笑う、目の表情が見えない分余計に不気味だ。


「シャドウ」


 姿を消して様子を疑う。

 敵は何も感じていないのか、集中しているのか、全く微動だにしない。


 なら、後ろからいかせてもらう。


「――ッ!」


 てっきり防がれるかと思ったが、簡単に短剣が背中に入る。

 それに反応して反撃に大剣が振るわれるが、姿が見えていないのか簡単に躱せる。

 その鎧に絶対の信頼があるのだろうか、なおも剣を構えて動かないアルダシール。

 

 だけど、それじゃあ格好の的だ。


「グハッ! ――ッハ! ――ングァ!」


 相手に反撃されないように四方八方より連撃を浴びせる。

 当然相手も反撃しようと剣を振るうが、当たってから反応しても遅い。


 そして一方的な攻撃の末、早くもアルダシールは膝を折る。


 簡単すぎる、だけど奴はここからのはずだ。

 俺は警戒して攻撃を一旦止める。


「潰す潰す潰す、潰す潰す潰す潰す……」


 ブツブツした声が大きくなり聞き取れる様になる。

 潰す、彼はずっとそう言っていたのか。


「潰す潰す潰す潰す!!!!」


 上半身が大きくのけ反ったかと思った刹那、あのオーラが奴を纏う。

 なんという醜悪な気だ、しかしこれはあれによく似ている――俺のよく知っているあれに。


 そしてアルダシールは立ち上がり、その髪をかき上げて剣を構える。

 出てきたのは病的なまでに濃いクマのできた生気のない黒く細い瞳、そして青白い肌。


 その姿に一瞬戸惑った瞬間奴の剣がとんでくる。

 気を取られて避けれなかった? いやかなり速い、短剣で凌ぐのがやっとだった。


「オオオオォォォオォォォッ!!!


 しかもやはり一撃がすごく重い、ロランが圧倒されるのも当然だ。


『主人よ、聞こえておるな』


 アルダシールの凄まじい連撃を防いでいると、脳内にファフニールの声が響く。

 スキル《思念伝達》のものだろう。


『あぁ、聞こえてるよ』


 すかさず《思念伝達》を使い答える。


『確証はなかったが、やはり奴のあの気、我の心臓かもしれぬ』


『なんだって?』


『あやつめ、体に取り込んだのだろう。全く分をわきまえん奴だ』


 その可能性があるなら事前に教えて欲しかった。

 とは言え、今更どうしようもない。

 それよりあの心臓を取り込むとこんな事になるのか? 危険すぎるじゃないか。


 なおも高速の連撃がとんでくる。

 少しでも力を抜くと大きく弾かれそうだ。


『このままじゃと死んでしまうかもしれぬ、どうにか心臓を取り除くのじゃ』


『わかった』


 ならばあれしかないだろう、ファフニールの心臓を奪い取った――《盗む》だ。

 人間には効果がなかったがやってみる他ない。


 そのためには一旦距離を取らないと。


 暴走する彼の剣にわざと弾かれ、その力も利用して後ろに跳ぶ。

 しかし、想像以上の速度で奴は距離を詰めてくる。


 これではダメだ、ならば上に。

 もう1度、今度は振り上げられた力を利用して跳ね上がる。


「バットンウイング」


 羽を羽ばたかせ上空に舞う。

 よし、これなら剣では攻撃が出来ないだろう。


「盗む!」


 見上げるアルダシールに影の手を伸ばす。


「なっ!?」


 しかしやつはニヤリと笑みを見せ、その影を切り裂く。

 そして下段に構えた彼の大剣に黒いオーラが集う。


 ――あれがくる!

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