第50話 『偉くなったものだな』前世の俺が言った気がした

 敗者に投げかけられるものは罵声だけではない。

 ところどころから様々なゴミが投げ込まれる。


『大穴だと思っていたのに!』


『期待を裏切りやがって!』 


 なおも少ないながら観客席からの罵詈雑言は鳴りやまない。


 リアムはなおもひざをついて動かない。

 そこへ追撃とばかりに観客から言葉の暴力が降り注がれる。

 彼は悔しさからか唇を噛み締め、それに黙って耐えていた。


 何故だ?

 今までの試合ではこんなことはなかったはずだ。

 しかもスタッフなど誰もその暴動を止めようともしない。


 敗者ではあるが俺と良い試合を演じた者だ。

 称えられることはあっても罵倒される所以ゆえんはないはずだ。


「――危なっ!」


 ついに観客が投げ捨てた物がリアムの背に迫った。

 俺はリアムの背後へ咄嗟に回り、それを腕で振り払う。


 パリンと音を立てて地に落ちてはじけたそれはガラスのビン。

 なんてものを投げるんだ。

 当たり所が悪ければ軽い怪我ではすまない。


「立てるか?」 


「ああ、助かった。すまないな……」


 リアムは片手で俺がつけた腹部の傷を押さえながらよろよろと立ち上がる。

 だが、すぐによろめき崩れそうになる。

 それを俺は抱え、肩を貸す。


「行くよ」


「ああ……」


 未だに大きな歓声とその中に混じる怒声が響く舞台を俺たちはゆっくりと退いた。


 リアムを医療室に運び込んだ。

 ベッドに座り込み、処置を受ける彼は心身ともに疲弊したように見える。

 きっと彼は俺よりも自分に注がれる声が強調して聞こえたはずだ。

 そこには俺と戦った戦士の姿はもうないように思えた。

 

 ♢


 彼を医療スタッフに任せ俺は闘技場を後にする。


 外ではファフニールとレイがすでに出場者用の門前で待ってくれていた。


「おお、主人! 遅かったのう!」


 俺に気づいたファフニールがすぐに俺のもとへ駆けてきてくれた。

 その後ろからレイもゆっくりと歩んでくる。


「ああ、すまない――なあ、レイ」

 

「なに?」


「今日の観客の様子いつもと違ったんだけど、どうしてかわかる?」


 レイならきっと知っているはずだ。


「今、それを知ってどうするの?」


「それは――」


 いつにも増して冷たい表情で彼女は答える。

 だが、あの原因がわからないのは気持ち悪い。


 強者と戦うことも、それに打ち勝つことも気持ちがいいものだ。

 それは闘技場に悪いイメージがついた今でも言えることだ。

 しかし、敗者が戦ってもいない観客に不当な扱いを受けるのは気持ちいいものではない。 

 

 あの闘技場が俺の思っている以上にまだ悪い何かがあることは知っている。

 少しでもあの原因がわかれば敗者を守る手段も――。


「あなた、相手のことを考えているのではないでしょうね?」


「えっ?」


 じっと俺の瞳を見上げて彼女は言い放つ。

 一瞬レイに心を読まれた気がした。


「ロビン、あなたは試合に勝つことだけ考えなさい。決して敗者を憐れまないこと、わかった?」


 彼女は俺に人差し指を立て、前のめりになりながらきつい口調で言ってくる。

 俺はそのレイの様子に少し押され、生唾を飲み込む。


「それに言ったはずよ。優勝したら教えてあげると」


 そう言って、太陽に照らされて輝く金の髪を翻して「宿屋にもどりましょう」とスタスタ歩き出す。

 

「レイのやつ凄い迫力じゃったな。どうしたのじゃ?」


 レイが前を行き、ファフニールが俺に話しかけてくる。

 こいつも彼女の迫力に気圧けおされていたのだろうか。


「地雷を踏んだってやつかな?」


「『地雷』とはなんじゃ?」


 あっ、そうだな。

 この世界には地雷なんて兵器はない。

 ファフニールが知らなくても当然である。


「とっても危険な物ってことだよ」


「ふむ、そうか。主人は時々難しい言葉を話すな」


 適当に答えて彼女は納得したようだ。

 

 ♢


 宿屋に戻った俺だが、当然頭の中にはあの光景が浮かび上がる。

 

 次の相手はギゼノンの百人隊長――あの特別試合で十人隊長に勝っていた男だ。

 名前は【ラムセス】。

 精強なギゼノン兵の中、いやギゼノン全民の中で最強として誉れ高い人物である。


 相手にとっては当然不足などあるはずもない。

 しかし気がかりはやはり観客の反応である。

 

 ギゼノン出身でない、イスティの冒険者であるリアムがあの罵声を浴びた。

 ギゼノンの民にして最強――注目度と期待の高い彼を倒してしまったら彼はどうなるのだろうか。

 きっとあれよりも強い暴力が待っているはずだ。


 ならば俺はどうすればいい?


 負けるわけにはもちろんいかない。

 なら、レイはああ言ったが上手く接戦を演じて辛くも勝利という感じで相手を立てるべきか。


「相手のことを考えるな、か……」


 前世の俺なら相手のことを考えるなんてことは絶対になかっただろうけどな。


 そんなことを考えながら俺はすっかり慣れたこのベッドで眠りについた。

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