第49話 戦いは舞台だけでおこなわれる訳ではない

「……降参だ」


 魔法使いである相手の杖が手を離れ、両手が上がった。

 観客からいつもの歓声を受ける。


 遂にベスト8、残り3回勝てば優勝というところまで来た。


 心配だったがロランもすっかり復活し、ベスト8に駒を進めた。


 ♢


「うむ、やはり主人に勝てる者は存在せぬようだな」

 

 合流したファフニールが頷きながら言う。

 胸にはレイと作ったらしい赤い宝石が3つ並んだネックレスが太陽に反射して輝きを見せる。

 赤い髪に、赤いドレス、そしてアクセサリーまでも赤。

 いくらレッドドラゴンでもこれはやりすぎだろうと思うが、あの嬉しそうな顔で自慢してきたら何も言い返せなかった。


「まあ、でもこれからの相手はもうどれも油断できないよ」


「そうね、気を引き締めなさい」


「ああ、ロランの試合を見てだいぶ気が引き締まったよ」


 レイが忠告のように言ってくる。

 まだ優勝ではないので彼女の過去に何があったかわからないが、ここまで言うのだからまだ何か闘技場にはあるのだろう。

 

 そういえばファフニールと一緒にアクセサリーを作っていたようだが、レイは何もつけていないな。

 俺がプレゼントした黒い蝶は変わらずレイが動く度に羽ばたくが、それ以外のものは何もないように見える。


「主人なら余裕じゃ!」


「本当にそうでもないんだよ。特にロランはかなり強くなっている」


「ロラン? ――ああ、あの主人の友か」


 少し考えた後、思い出したと手を打つファフニール。

 

「あの人、そんなに強いのね」


「うむ、とても強いようには見えんかったな。人は見た目によらぬようじゃ」


 意外だという感じで言ってくるレイ。

 まあ、この2人と接した時はキザ男みたいな感じだったしな。

 しかもこいつら、俺の出る試合以外は観戦していない。

 ロランの強さをわからないのも当然である。

 

「ロランは俺の親友だからな。前の試合で見せた技は俺も一瞬何が起こったかわからなかったぐらいだ」


「主人でも見切れない技か、それは凄いな!」


 俺が先の試合でのロランの強さを言うとファフニールは納得したように言う。

 いや見切れないというより見てなかったんだけど、それは言わないでおこう。

 

「親友の自慢をするのはいいけれど、ロビンはそれに勝てるの?」


「もちろん。負けるつもりなんてないよ」


「そう」


 一方やはり冷たい感じで言ってくる。

 この先レイが危惧している何かが待ち受けていたとしても優勝だけは必ずする。

 「俺は約束を破らない」と言うと「ならいいわ」とそっけなく返すレイだった。

 

 ♢ 


 準々決勝。

 いよいよ大会も終盤に差し掛かった。


「やれやれ、良い所まできたが俺の好運もここまでか」


「いや、戦ってみないとわからないよ?」


「まあ、やれるだけやってみるしかないしな。負けても英雄相手なら本望だ」


 ベスト8まできた強者というのにえらく弱気な人が相手になったようだ。

 いや、弱気に見せかけていると言った方が正しいか。


 剣士が多く占める中、唯一残っている槍士であるリアムという男が今回の相手。

 イスティの出身の証に頭部には緑色の髪が付けられている、Sランクになりたての冒険者だ。

 防具は頭部を守る軽い兜と胸当てだけという軽装なもので、手にはその身長の倍以上あるだろう長い十文字槍が伸びる。


 いつもの通り舞台の中心で槍と短剣を交わして試合が始まった。


 長い槍をバトンのように回し構える相手。

 

 俺は先手必勝、このカンストした素早さを活かし一気に間合いを詰める。


「なんの!」


 しかし、懐に入る前に槍で振り払われる。

 やはり槍、この大きなリーチの差は厄介だ。


「シャドウ」


 ならば感知されないようにするまで。

 俺を見失った様子の相手に近づく。

 

「大車輪!」


 相手が体ごと槍を勢いよく一回転。

 未だそのリーチの範囲外と思っていたがスキルの恩恵でさらにリーチが伸びている。

 短剣でなんとか受け止めるが弾かれ、少しのけ反る形で体勢が崩れる。


「そこか――三弾突き!」


 未だ見えてはいない姿だが、今の感触でバレたか。

 鋭い槍の突きが迫る。

 のけ反った体勢からそのままバク転に持っていき、避ける。


 見えている見えていないではなく、懐に入るのは難しいか。

 《シャドウ》を解いて次の策に移る。


「ファイアボール」


 天を蒼い炎の球が展開され、太陽を隠す。

 もちろん人間相手に最大の火力は出さないがそれでもファイアボールにしては相当大きいだろう。

 近づけないのならそのリーチを関係なくすれば良い。

 

「いやはや、めちゃくちゃだな」


 それを見てリアムは感心したように言う。

 俺は手を振り下ろし相手に蒼炎の太陽を落とす。


「風車!」


 相手は頭上で槍を円を描くように回す。

 その勢いから渦巻き状の風が発生し、それは俺の炎の勢いを止めんとする。

 炎はみるみるうちに吹き飛ばされて、その大きさを小さくしていく。


 しかし完全に勢いが止まったわけではない。

 確実に相手に迫り、そして3分の1以下の大きさになったがそれはリアムへと落ちた。


「グアアァアァ!」


 その身を焼き尽くす高温の炎に相手は苦しそうに叫ぶ。

 しかし槍を思いっきり振り払ってなんとか身の炎を打ち消したようだ。


 しかしもう遅い。

 すでに距離を詰めていたその槍を短剣で振り上げ、完全に無防備になった相手の体を斬る。


「――グハッ!」

 

 軽装だった相手の胴に入り、腹部を押さえて相手は膝をついた。


「いや、ここまでか。やっぱり英雄には……敵わない、な」

 

 相手はゆっくりと腹部から血の付着した手を放して両手を上にあげ、降参する。


 今回も勝利、これであと2つ。

 あとは観客がいつもの歓声をあげてこの試合が終わる――。


『ふざけるな!』


『立て! まだやれるだろ!』


 ――え?

 歓声の中、いつもとは違う怒声があちこちから混ざり合う。

 いつもとは違う観客の反応がそこにはあった。

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