第42話 この日、人々は英雄の力を目にする

 開会式が終わり俺たち出場者は舞台から退く。

 そしてしばらくしてから早速開幕戦がおこなわれる予定だ。


 全イスティナ闘技大会本戦はトーナメント方式でおこなわれる。

 トーナメント表は巻紙で配られくるくる捲っていくと両手を広げるよりも長く、それだけ出場者が多いということだ。

 

 当然ながらその中に俺の名前、そしてロランの名前も記載されていた。

 お互いブロックが異なり、決勝まで当たらないようになっている。

 これは嬉しいことだ。

 お互い当たるなら勝ち進んだ決勝でと思っているだろう。


 俺の初戦は2日目の第3戦目――つまり明日である。


 後の対戦相手になるかもしれない相手の試合をみるのも良いが、観戦席はすでに満席。

 出場者用の観戦席も設けられてはいるが、舞台から退いた後我先にと皆駆け足で向かっていったため、そこも確保できないだろう。


 レイとファフニールも俺の試合のない今日闘技場には来ていない。

 観戦は諦め、今日は体を休めよう。

 俺は開幕戦が始まり、どよめく会場を後にした。


 ♢


 翌日、ついに俺の初戦の日がきた。


「じゃあ行ってくるよ」


「ええ、まあ勝つとは思うけれど頑張って」


「我も応援しておるぞ!」


「ありがとう。絶対勝ってくるよ」


 闘技場の前でレイとファフニールに挨拶をして俺は出場者用の門へ向かって歩を進める。


「あっ! ちょっと待つのじゃ、主人よ」


「どうした?」


 背を向けた俺をファフニールが止めて駆け寄ってくる。

 何かまだ言いたいことがあるのかな?


「人間相手にあの《盗む》とやらは使ったことはあるんじゃろか?」


「え、ああ。最初に賊に使っても効果なかったし。それからは人間相手には使ってはいないかな」


「そうか……」


 どうやら自らを敗北に至らしめた《盗む》のことが気になるらしい。

 俺もこの力が何かわからない部分もあるし、あの時以来魔物にしか使用していない。


「ファフニールはこれが何かわかるの?」


「わからぬ。わかることはその力は人間には過ぎた力ということだけじゃ」


 ファフニールと戦闘した時にも『人間の技ではない』と言われたな。

 こいつにもこれが何か明確にはわからないようだが、野生の勘、いやドラゴンの勘がそうだと言うのならやはり特別なのだろう。


「そうか」


「なにしてるの? もう行くわよ?」


「今いくのじゃ!」


 後ろから痺れを切らしたレイがファフニールを呼ぶ。

 ファフニールは慌ててレイのもとへ戻っていった。


「ほら、迷子にならないでよ」


「むぅ、子供扱いするでない!」


 レイが戻ったファフニールの手を取って観客席に向かって歩き出す。

 ファフニールは不服といったようだが手を離す様子はない。

 やはり、この2人は母と娘のようだ。

 相変わらず性格は合わないが、仲良くしてくれて俺も嬉しく思う。


「さて、俺も行くか……」


 誰も聞いていない空に向けて呟いて2人に背を向けて俺は初戦の舞台に進んだ。


 ♢


 前の試合が終わり会場に大きな歓声が鳴り響く。

 控室にいる俺の所にもそのどよめきは伝わり、いよいよ出番が来たと意気込む。


 青の尻尾のような髪飾りを髪に巻きつけて準備を整え、呼ばれるのを今かと待つ。

 この髪飾りは遠い観客席からでも両者を見分けるためのものであると同時に出身地を表すものだ。

 青と赤の髪飾りはカルタナ、黒と白はギゼノン、緑と黄はイスティ、オレンジと紫がアライサムというようにイスティナを大きく4つの地域に分け、それぞれに2色ずつ与えられている。


「ロビン様、出番でございます」


 スタッフに案内され、舞台へ向かう。

 眩い光が差し込む舞台入り口に俺と対戦相手の男が並ぶ。

 オレンジの髪飾りを頭部にしており、アライサム地方出身者というのがわかる。


「ほう、ドラゴンを倒した英雄と聞いてどんな大男かと思ったが……意外と小さいんだな」


 対戦相手の中年の男が少しニヤケながら渋い声で話しかけてくる。


「あなたが大きいんですよ」


 相手の男はかなりの大柄な男。

 見上げるほどの身長とゴツイ体格。

 全身を分厚い鎧で守り、手にはこれまた大きく分厚い盾を持っている装いからこの男は守護者だろう。


「勝てば俺も英雄か?」


「勝てれば、ね」


 少し舐めているのではないかと思う発言に俺も皮肉を返す。

 一瞬顔をしかめた相手。

 

 その不穏な空気のまま俺たちは舞台の真ん中へ向かった。


「盗賊が、痛い目をみせてやる」


 相手と睨み合い、お互い短剣と盾を交えると観客席から大きな歓声が起こる。

 ――試合の開始だ。


 盗賊、か。

 ファフニールに言われて気になった事がある。

 《盗む》は本当に人間相手には意味がないのか、普通であれば成功すれば何かしらアイテムを盗めるはずだ。

 過去に1度しか試していなく、たまたま失敗しただけかもしれない――ならもう1度試してもいいだろう。


「それじゃ、いくよ。盗む」


 何が盗めるか。

 右手から出た影の手は相手に向かって伸びていく。


「なんだ!? ――鉄壁!」


 相手はこの手が未知のものであると感じたのだろう、守護者らしく咄嗟に盾を用いて防御姿勢をとる。


 しかし、やはり影の手は相手をすり抜けていく。

 盗めたものはない、やはり人間相手では効果がないようだ。


「ん? びっくりはしたがとんだ肩透かしだったみたいだな」


 何も起こらなかったことに安心したのか、こちらを大した事ないなと言わんばかりに微笑む相手。


「じゃあ、次はちゃんと攻撃するよ」


 お試しは終わりだ。

 足に力をいれて解放、ナイフを構え鳴りやまない歓声を背に受けながら一気に相手に詰め寄る。

 

「鉄壁!」

 

 すぐさままたスキル《鉄壁》を使い強化された盾で攻撃を塞がんとする相手。

 防御力のある職業相手だ、持久戦になるかもしれないな。

 俺はその盾に乱雑に短剣を振るってみる。

 どの程度の防御力なのか試させてもらおうか。


「え?」


 軽い、まるで紙を切っているような軽さだ。

 盾で弾かれる事も考えて勢いをつけすぎた俺の体は攻撃の後そのまま相手を抜け、体をひねって相手を向いて地面に着地する。


 背を向けたままの相手はこちらを向こうとしない。

 地面には盾だったものが無残にバラバラになって散らばっている。


 そして少し遅れて相手はそのまま両の手を天にあげる。


 あれ? 勝ったのか?


 会場からずっと鳴り響いていたどよめきも今は聞こえない。

 しかし、相手が降参をしたので俺は戸惑いながらも短剣を天に掲げて勝利宣言をした。

 少し間を置いて地面が揺れる。

 先程の静寂が嘘のように会場は溢れる俺への称賛でつつまれていた。


 俺の初戦はあっけなく終わってしまったが……うん、やっぱりこの歓声はいいな。

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