第43話 相手の土俵に立ってこそ、その真価が見える
「まずはおめでとう、かしらね」
「ありがとう」
あのような形で初戦が終わってしまったが、勝利した俺を一旦合流したレイが祝ってくれる。
観客も盛り上がってはくれて大きな歓声をあげてくれたが、本当はもっと熱い試合を期待していたのではないかと思うとどこか申し訳ない気持ちになる。
このように感じるというのも『観られている』ということなのだろう。
「うむ、さすがは主人。まあ、あのような奴に負けるようじゃ我の立場がないというものじゃがの」
ファフニールは腰に手を当て勝って当然といった感じで言ってくる。
まあ、ファフニールのようなやつなんてそこらへんにいるわけがないからな。
「ありがとう。それとやっぱり《盗む》は人間相手には効果がないみたいだ」
「ふむ、そうか」
俺の言葉に納得したのか彼女は頷く。
「じゃあ今日はもうこれで終わりでしょ?」
「いや、俺はもうちょっと相手を――」
どんな相手がいるのかもう少し残りの試合を見たいと言おうと思ったが、レイがあの本を持っているのが視界に入った。
はぁ、仕方がない。
そんなに量を食べないのに、どうして食べることがそんなに好きなんだ……。
「わかったよ。今日はもう終わりにするよ」
「そ、そう。それは良かったわ。丁度ファフニールと今日の食事の話をしていたのよ」
「かなりおいしそうな店があったのじゃ! 今日はそこでご飯を食べるぞ!」
レイが本を両手で俺の方に向けて開け、今日行く店を示してくる。
2人共目がとても輝いていて少し怖いくらいだ。
というか食事の話をしていたって、こいつら本当に俺の試合を見ていたのだろうか……。
まあ、いいや。
嬉しそうな2人にそんな茶々を入れるほど、俺も無粋ではない。
「それじゃあ行こうか」
「うむ! 行くのじゃ!」
ファフニールは握った拳を掲げて、我先にと駆けだす。
「こら、先々いかないの。道、わからないでしょ?」
「むぅ……わかったのじゃ」
「急がなくてもまだ昼過ぎだ。ゆっくり行こう」
ちなみにこの日行った料理屋はとてもおいしく2人はなぜか自慢気に俺にそれを訴えかけてきたのだ。
♢
大会は順調に進み、今日は俺の2戦目だ。
ロランも1回戦を勝ち進んだ。
俺も観戦していたが、あいつ、確実に学校の時よりも強くなっている。
油断すると足元を掬われてしまうかもしれない、それほどの圧勝劇だった。
「1回戦見ていたぞ。やはり英雄は伊達じゃないな」
「それはどうも」
2戦目は黒のロングマントに身を包んだ細身の背の高い男。
フードがついており、頭部までマントが覆う。
そしてその上には緑の髪飾り――イスティ出身の者らしい。
手には長い杖を持ち、神官か魔法使い。
だが、この装いは恐らく魔法使いだろう。
俺たちが入場すると1回戦のそれよりも大きな音が鳴り響き、耳がつんざけそうになった。
「すごいな、殆どお前の応援みたいだ」
「恥はさらせないね。観客を楽しませる試合をしないと」
「ハハハ。俺も舐められたものだな」
舞台の真ん中で少し会話をおこなう。
相手も笑って返すがフードから覗くその切れ長の細い目はギラギラとしており表情とは正反対の様相をしている。
その目からビームでも出るのではないか? それほどの眼力である。
お互い杖と短剣を交えて試合を開始する。
「なあ、盗賊は近距離以外は射程外だろ? ――ファイアレイン」
相手が天に杖を掲げると大きな赤い火球が顕現する。
それは瞬く間に小さな火の玉が次々と分裂していき、俺に向かって勢いよく降り注ぐ。
俺はそれをうまくステップし回避する。
「ちまちま逃げてるだけじゃいつかやられるぞ!」
その火の球は惜しみなく絶えず降り注ぐ。
結構な数を回避したがまだまだ止む様子はない。
これだけ無駄撃ちできるということはMPがそれほど豊富だということだろう。
正直避けるだけならずっと避けていられるだろう。
しかし、それだと面白くない。
観客席からも「避けるな」や「なにしているんだ」などという言葉がちらほらと聞こえてくる。
仕方がない、そろそろ攻勢にでるか。
そっちが魔法でくるならこっちも魔法でいこう。
「スプラッシュウォーター」
巨大な水球を火球に向けて射出。
それは降り注ぐ火の玉を飲み込みながら進み、本体の大きな火球を飲み込んで消えた。
「な、なんだと……」
相手は自分の火球が消されたことに驚いた表情だ。
それもそうだろう。
上級魔法の《ファイアレイン》を打ち消したのは基礎魔法である《スプラッシュウォーター》。
本来、上級魔法と基礎魔法では大きな威力の差があるはず。
それが負けるなんて信じられないのだろう。
「お前、いったい……」
「俺は君が言う近距離以外は射程外だという盗賊だよ」
「盗賊の魔法がこんなに強いはずないだろ!」
なぜかキレた口調の相手だが全く怖くはない。
その顔からはすでに先ほどの覇気は消えてしまっているのだ。
「そんなことをいわれても困るな。それに魔法使いと言うのならこれぐらいはしてもらわないと――ファイアボール」
天に手を掲げる。
小さな火の玉は上空でみるみる大きくなり、それは舞台全体に影を落とす蒼炎の球となっていく。
客席からの声は届かなくなり、不気味な静寂が暗いコロッセウムをつつむ。
「な、なんだよそれは!」
俺のファイアボールを見て驚愕の表情を表す相手。
まだ炎に触れていないのにその顔からはここからでもわかるほどの汗が滴っている。
まだまだ大きくできるがこれで十分らしい。
「じゃあ、いくよ」
「ま、待った。降参だ、降参だ!」
俺が宣言し手を振り下ろそうとすると相手が慌てて降参する。
その降参を聞き、俺はファイアボールの魔力を解いてそれを消失させる。
そのまま手を掲げて勝利宣言。
静まっていた会場は影が消えて太陽の光が再び現れた舞台のように白熱する。
2回戦も無事突破。
ここまでは非常に順調に進んでいるな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます