第44話 戦いは時として狂気を生み出す

「どこだ、どこにいる!」


 対戦相手の剣士がその構え、キョロキョロとあたりを見回す。

 俺は盗賊のスキル《シャドウ》で姿を隠し、その様子をうかがう。


「おい、出てこい卑怯者!」


 じっと見ているだけなのだが、相手がどんどん恐怖に顔を歪めていくのがわかる。

 いわば相手は一種の目隠しをした状況。

 状況がわからないということが恐怖を与える。

 しかも相手は攻撃に特化しているらしく防具も急所のみを守ったものだ。

 その緊張感は計り知れないだろう。


 しばらくすると乱雑に剣を振り回す。

 その逞しい体格から振り下ろされる剣は鋭い音を奏でて次々と空を裂く。

 俺が接近していると思っているのだろうか。

 いや、接近していれば当てることができるかもしれないという希望からの行動だろうか。


「くそ、くそ、くそ!」

 

 ただの盗賊であれば《シャドウ》の効果時間は長くなく、とっくに切れているだろう。

 相手もそれを知っているからこその焦りであろう。

 事実最初は五感を研ぎ澄ましているかのように静かに構えていた。


 しかし俺は別である。

 いくら待っても俺が姿を現す時間はこない。

 少なくともこの試合で俺が最後以外に姿を現すことはないだろう。


「出てこい、出てこいよ卑怯者の盗賊が!」


 剣を振るうことも諦めて下し、俺に対して苦し紛れの侮辱をする相手。

 観客席からの歓声は何もない時間が長く、すでに歓声からざわめきに変わっていた。


 うん、もういいだろうか。


 俺は一歩、また一歩と相手に向かっていく。

 音を出すなんてことはしない。

 気配を出すなんてことはしない。

 盗賊らしく影に徹しながら相手に歩み寄り、後ろをとる。


 観客に対して盗賊とはどういったものかを見てもらう試合。

 最後も影の職業『盗賊』として締めくくろう。


「これでいいかい?」


 スッと短剣を相手の首元にあてがい、姿を現す。


「なっ……」


 俺の目の前にある相手のピタッと動きを止めた後ろ姿。

 あてがった短剣に一筋の大きな雫が滴り、細い道を刀身につくる。

 後姿だが、相手の顔が手に取るようにわかった。


 相手の自慢の剣が地に落ち、金属音を奏でる。

 それは試合終了のゴング。

 相手は慎重に両手を挙げて降参する。


 それにより今までざわめいていたものが一斉に歓声に変わる。

 3戦目も難なく終了した。


 ♢


 さすがにこれからは本当の強者が相手になるだろう。

 俺も試合後すぐに出場者用の観覧席に行き、次の試合を偵察をすることにする。

 ブロック的には決勝まで当たることはないが、予習する事は大切だ。

 

 しばらくして舞台に入ってくるのは2人の剣士と思われる者。

 この大会、やはり比率として攻撃に特化した職である剣士や魔法使いが多いようだ。


 1人は頭部以外を黒く厚い鎧で守り、その手には刀身が太く、煌めく漆黒の剣を持つ。

 黒く長い無造作な髪が目を覆い隠しており不気味な雰囲気を纏っている。

 髪飾りはオレンジでありアライサム地方の者。


 もう1人はギゼノン軍の鎧を纏い、軍の一般的な剣を持つ剣士。

 もちろん頭部にはギゼノン出身の証である白の髪飾り。


 体格は白の髪飾りのギゼノン軍兵と思われる者の方が大きく、ゴツイ。

 しかし剣はオレンジの髪飾りの剣士の方が大きく、なんともバランスが悪い。

 そして、なんだこの感じるオーラは。

 勝負を見なくても分かる――この試合はオレンジが勝つ。

 そう確信を持てるほどそのオーラは大きく、強者というのがひしひしと伝わるものだ。


 観客席が盛り上がるなか試合が始まる。


 剣を相手に向け、睨み合う両者。

 先に動くは白。

 一歩踏み込んで綺麗で無駄のない上段からの一太刀が相手に振り下ろす。


 響く金属音。


 それは振り下ろされた剣が相手の防具に当たったものではない。

 剣で受け止められたものでもない。

 ――それは剣が無残に折れた音。


 振り下ろした剣に合わせて下段から振り上げられた漆黒の剣。

 それはいとも簡単にギゼノンの軍剣を斬る。


 宙を舞うその剣先にギゼノンの民は驚いただろう。

 ギゼノンはその民族性故、武器にもこだわる。

 それは軍剣にも言えること、量産されたものであるものの他の地域の軍剣よりはるかにいい物を使っていると自負しているのだから。

 それはギゼノンのプライドをも折るものだっただろう、観客席からの音は一瞬消えた。


 試合はこのたった一動作で決した。

 

 白は手に残った折れた剣を地に落と両手を挙げる。

 試合が終わり、オレンジの髪飾りのこの漆黒の男の勝利だ。

 

「次からはそう簡単にはいかなさそうだな……」


 今までとはレベルの違う相手を目にして思わずつぶやく。

 こんな強い人がいるんだ、そして他にもいるんだろう。

 次からの試合が楽しみだ。

 

 さて、帰ろうか。


「えっ?」


 俺が立ち上がろうとした時その衝撃の光景が舞台に広がった。


 先ほどまで人間だった首が赤い線を描いて宙に舞う。

 漆黒の剣が降参を認めた相手の首を綺麗に斬ったのだ。

 

 歓声がどよめきにかわる。 

 だが、どよめきだけではない。

 もちろん悲鳴も聞こえてくるが、一部がその光景に大きな狂気じみた歓声を送る。

 そしてどよめきは悲鳴にではなく、段々とその狂気じみた歓声に乗る。

 悲鳴が聞こえなくなるほどの狂気が会場を支配する。

 

 なんだこれは?

 降参した相手を斬るそのルール違反と感じる行為を称えているのだ。

 俺はその光景に疑問とゾッとする一種の恐怖を覚えた。


 舞台の真ん中では勝者の男が血の付いた漆黒の剣を持って立つ。

 宣戦布告のつもりだろうか――その剣先はまっすぐ俺を捉え、男はニヤリと口角を上げていた。

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