第45話 彼女の過去をまだ誰も知らない
異常な雰囲気が収まらないまま、勝者は舞台を後にする。
舞台に残されるは無残に命を刈り取られたギゼノン軍兵士。
もちろんそれは舞台を自ら降りることが叶わない。
戦地から戻ることのできないその2つに分かれた肉体は、勝者と入れ替えで舞台に入ってきた2人のスタッフによって処理される。
物を扱うよう、粗雑に処理されるそれに対し観客は興味がなさそうである。
まるでそれが当然がごとく、なんの疑問ももたないかのようだ。
人が死んだ、しかも自国の兵士が殺されたのだ。
なぜ称えないのか、なぜ悲しくならないのか。
これが強さを求めるギゼノンの国民性とでもいうのだろうか。
もちろんお互い凶器を持って攻撃をするのだ、時には死に至ることもあるだろう。
本当にゲームの世界だったらそうはならないかもしれないが、これは似た世界でありゲームではない。
しかし、先程の試合や観客の反応は敗者に敬意を欠いた行為である。
気持ちの悪い光景に俺は閲覧席を後にした。
♢
会場の前には大きな木製の掲示板がある。
トーナメント表が黒く大きく描かれ、スタッフが大会の進行を書き込んでいる。
赤の線を表に重ねて勝者は次に進み、敗者の名前は塗りつぶされる。
おおよそこの制度は俺の知っている前世のトーナメント表と遜色ない。
俺はその掲示板を見てある人物を探す。
次の対戦相手ではない、先の狂気の勝者の名前である。
「アルダシール=シャー……か」
話しに聞いたことがある。
最近急に名前が世に出てくるようになってきた、アライサムギルドAランク冒険者。
パーティを組まずに常に単独で難クエストに挑み、次々と達成しているらしい。
Aランクだがその実力はSランクに匹敵、いや超えると言う者さえいる。
なるほどあのアルダシールか、強いわけだ。
しかしあのような行為を容認することは絶対にできない。
「優勝するのは誰と思う?」
「やっぱロビンじゃね?」
「いや俺はアルダシールだと思うぜ、あのオーラはなかなかだせはしねえ。お遊びしてるロビンは足元すくわれるぞ?」
宿屋に戻る為、掲示板を背に歩き出すとそんな会話が耳に入った。
だんだんと参加者が絞られてきたこともあり、優勝予想をしているようだ。
あんな人に負けるわけにはいかない。
誰も殺さず絶対に俺が優勝してやる――そう心に誓った。
♢
「おう、戻ったか主人よ。どうじゃったか次の相手は?」
「どうしたの? 暗い顔して」
宿屋に戻ると先に帰ったレイとファフニールがレイの部屋で2人話をしていたようだ。
レイは鋭く、俺の表情をみてなにかあったのではないかと察したようだ。
「実は――」
俺は観戦した試合のことを話した。
「そう」
話を終えるとレイがそっけなくそれだけ答える。
それではあの観客と同じじゃないか、それとも俺がおかしいのか?
「それだけ? レイも変に思わないの?」
「言ったはずよ。あの場所はそんなに良いところではないと」
確かにレイはずっと言っていた――あのコロッセウムが嫌いだと。
「レイは闘技場が本当はどういったものか知っているの?」
前は何も答えてくれなかったことを再度聞く。
「ええ、痛いほどよく知っているわよ……」
暗い表情でそう返す彼女。
やはりレイは過去にあそこで何かあったのだろうか?
「良かったら話してくれないか?」
前とは違い反応を返してくれたレイにもしかしたらと思い追及する。
しかし、それはやはり嫌なようで彼女は黙ってしまう。
「そうか。嫌だったらいいんだ」
無理に追及するつもりはない。
レイに何か暗い過去があるのは奴隷だった境遇からわかるのだから。
そう言って話題を変えようとすると彼女は首を左右に小さく振り、俺をまっすぐに見つめて口を開いた。
「いいわ。話してあげる。けれど条件があるわ」
あのかたくなに話さなかったレイがそう言った。
どういった心境の変化だろうか。
いや、その前に条件はなんなのだろうか。
「約束通りこの大会勝って優勝して。そうすれば話してあげるわ私とあの場所のこと」
「ああ、俺は約束は絶対に守るよ」
そんな条件ならばお安い御用だ。
もとより優勝するつもりなのだから。
その意思がさらに強くなっただけ、レイをもっと知るためにも優勝は絶対だ。
俺がレイの碧眼をしっかりみて誓うと、彼女はコクリと頷いた。
「うむ、約束は守らねばならぬものじゃな! 我もレイの過去を知りたいぞ」
「ロビンが優勝したらね」
ファフニールが喋るとなぜだか場が和らぐ。
その少女の見た目がそうしているのか、性格がそうさせているのか。
レイも先ほどまでの険しい表情から気づくと優しい表情になっていた。
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