第40話 柔よく剛を制す

 ☆★


 ギゼノン闘技場、通称コロッセウム。

 全イスティナ闘技大会まであと2か月を切り、連日予選が行われていた。

 予選とはいえ、やはりイスティナ中から我こそはと腕に自信がある者が集まる。

 会場は連日の満席、ギゼノン――いや、他の地域からの関心もこの時点からかなり高いようだ。


 試合の決着と共により大きな歓声が会場を揺らす。

 

「目ぼしい人物はいらっしゃいましたか?」


「うむ、皆強者ではあるがやはり物足りないな」


 この大会を満を持して開催することにしたギゼノンの領主であるケト=ラゼフもこの日観戦に訪れていた。

 隣には使いの者も従えている。

 足を組んで、頬杖をついて退屈そうに観戦する――おおよそ品のない姿勢であるがこの男はそれでもそのカリスマ性から出てくるオーラがあり様になっているとさえ思えてしまうだろう。


「今出てきたのはジェラード侯の御子息、あのロビン様のご友人との話でございますよ」

 

「ほう」


 興味を持ったかケトが頬杖をやめ、前のめりになりその男を見る。

 その男はカルタナ軍の鎧を纏い、やや刀身が長く薄い剣を持つ。

 ドラゴンの襲撃で打撃を受け、再編に忙しいと聞くカルタナ地方から来た軍兵唯一の男。

 ――ロランが試合に出てきた。


 ロランの相手はギゼノン軍の者らしい。

 観客にわかりやすくするようロランの頭部には青の髪飾り、相手の方には黒の髪飾りが取り付けられている。


 両者共職業は剣士であるらしく、お互い剣を構える。

 相手はロランよりも体格が一回りも二回りも大きく、さすが屈強と呼ばれるギゼノン軍と思わせるどっしりとしたいでたちをしている中年の男。

 持つ剣も太く大きなものであり、タイプの違う剣士であるように思われる。


 両者が自慢の剣を交え、試合が始まる。


 一度距離を取り睨み合う。

 最初に動いたのはギゼノン兵、自分よりも体格の劣る相手に力で挑む。

 叩くように思い切り振り降ろされた剣をロランはその場から動かず、力を逃がすよう斜めに上手く流す。


「ほう。あの男、中々やるようだな」


 その一度の剣の競りをみるだけでケトには実力がある程度計れたようだ。

 その後数度剣がロランに上から、横からと振られたが、やはり上手く力が逃がされる。

 剣が交わる度に甲高い金属音が会場に響き渡る。

 その一太刀一太刀に会場が熱くなっていく。

 

 強き者は出身地関係なく称賛するギゼノンではあるが、やはり見知らぬ者との戦闘では同郷の者を応援するのだろう。

 しかも、今攻めているように見えるのは黒のギゼノン兵。

 声援はそちらに集まり、ロランはアウェーの状況である。


「爺はどちらが勝つと思う?」


「私は戦いに関しては素人でございますゆえ。しかし、やはり我がギゼノン軍の男に勝っていただきたいものでございます」


「そうか。だがな、この試合あのカルタナの男が勝つぞ」


「もうおわかりになりますか?」


 まだ両者とも有効打どころかその身に触れてすらいない。

 その時点での予想にケトの使いは不思議そうに問う。 


「まあ、見ているがよい」


「はい」


 ギゼノン兵は体格差での力押しが無理だと悟ったのか剣を引き、剣先をロランに向ける。

 繰り出されたのは目にも止まらない連続突き。

 剣士のスキル《五月雨突きさみだれづき》。

 その速さは剣が何重にも見えるほどのものであり、その全てが実体である。

 

 さすがにロランの足が動く。

 だが、後ろに引きながらその全てを流れるような動きで受けきっていく。

 そして最後の一突きをロランは剣で受けるのではなく体を横に反らして避ける。

 力を乗せた突きを放ったギゼノン兵の体は当然一瞬崩れ、そしてその一瞬が隙となる。


 前のめりになるギゼノン兵の背に斜めに剣が振り下ろされ、それが見事に決まる。

 固い鎧に守られているため決定打にはならない。

 ギゼノン兵はなんとか転びそうな体を踏ん張って耐え、振り返る。


「決まったか」

 

 しかし、ケトの言葉通りその一刀ですでに試合は決まっていたのだ。

 振り返った先にはすでに自分の命を奪うための剣先が目の先に待ち構えていた。

 

 ギゼノン兵の男は参ったと剣を捨て、両手を上げる。

 この瞬間、ロランの勝利は決定した。


 実力がわかるとやはり強者を称えるギゼノン人。

 同郷の者が負けてもそれを打倒した者に大きな歓声をささげる。

 もちろん他の地区から来た者も同じく歓声をあげロランを称える。

 ロランはその大きな拍手に剣を挙げて応えた。


「ケト様はすごいですな。どうして彼が勝つとわかったのですか?」


「我も剣術に長けているわけではない。だが、多くの試合をこの目で見てきた。その勘というものだ」


 自分を褒める使いに満足気に答えるケト。

 

「しかし、やはりロビンは我を楽しませてくれるようだ。この友も見逃すわけにはいかないな」


 ようやく予選で有望な者が見れたと高らかに笑うケト。


 熱気につつまれるギゼノン。

 本戦の開催が着々と迫ってきていた。


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