第7話 大いなる影が盗む物
「シャドウ」
スキル《シャドウ》は身を隠すスキル。
これを使って馬車に近づいてみる。
馬車の前で戦闘がおこなわれている。
一方は毛皮でできた半袖のコートを着た者たち。
斧や剣、弓を使って馬車を攻め立てる。
10人ほどで屈強な肉体に長く揃っていないヒゲや髪は威圧感がある。
もう一方は鎧を装備した者たち。
馬車を背に闘うこちらは馬車を護衛する者だろう。
しかし、人数は2人と倒れている3人。
守護者と剣士と思われる2人が必死に応戦しているがすでに勝負は決している。
次の瞬間には人数差に押しつぶされ、全滅してしまった。
馬車の中には要人がいるのだろうか。
ともかく助けないと。
自慢の俊足を生かし、矢を射ようと構えに入った賊の背中に短剣を突き刺す。
初めて人を殺めてしまった。
本来ならもっとこの感覚に嫌悪感を抱くのだろう。
しかし、ゲームのようなこの世界。
魔物などを倒していくうちに俺は毒されてしまったのか。
短剣を引き抜いた俺の目にはもう、次の標的しか映ってはいなかった。
「なんだ?」
仲間の異変に馬車に向いていた賊たちの意識がこちらに向く。
好都合だ。
「おい、おめえ。俺たちが何者かわかってるんだろうな?」
眉間のシワを寄せて俺を睨み付け、ドシドシと向かってくる。
屈強な肉体の厳つい集団が俺を殺ろうとしてくるのだ。
前世ならちびっていたかもしれない。
まあ、今はそんな程度じゃビクともしないのだが。
「君たちのことは知らないけど、見過ごすわけにはいかない」
短剣を賊に向けて構える。
「殺っちまえ!」
斧を持った一人の掛け声で全員が俺に向け攻撃を仕掛ける。
――でも正直、弱すぎた。
振り下ろされる剣を防ごうと短剣で下から弾くと勢いよく剣が宙へとんでいく。
矢が放たれるも鋭さがなく、避けるのも防ぐのも容易。
俺の素早さに当然全くついてこられてない。
学校での模擬試合の方がよっぽど歯ごたえがあったな。
あっという間に残りは斧を持った1人だけになった。
「さて、と。あとはあんただけだな」
「クソッ! お、お前は何者なんだ!?」
すでに先ほどまでの威圧感はなく、そこにあるのは震えを隠せない弱者である。
体格も心なしか小さく見える。
うーん、このまま倒して終わりってのもなんだか味気ない。
――そうだ、相手は賊。
もう一個のスキルも試してみようか。
「盗む」
スキル《盗む》。
対象からランダムで所持品を盗むゲームでも定番の技だ。
スキルを使用すると俺の右手から影の様な大きな手が出現する。
「おぉ、なんかかっこいい」
「おい! なんだそれは!?」
《盗む》を知らないのか?
まあ、俺も見たことないからこんな手みたいなのが出てきて少し驚いているけど。
たぶんこの手を対象に向けて放てばいいんだよな?
「それ!」
「やめてくれ!!」
大きな手の影が賊に向かってぐんぐん伸びていく。
賊は両手で防御姿勢に入っているが《盗む》は攻撃技ではないはずなので無意味だろう。
そしてその手は賊を捕らえ――すり抜けて馬車の中へと伸びた。
「え?」
ミスった?
賊も手が自分をすり抜けても特に何もないことが不思議と思ったのか、体のあちこちを見て異変を探している。
とりあえず自分の所持品を持ち物アイコンから確認する。
何かしら盗んでいれば所持品に追加されているはずだ。
ん?
なんだこれ?
『奴隷紋』と記された見覚えのないアイテムが所持品に追加されていた。
これが盗んだものだろうが、どういうことだろう。
奴隷紋自体は奴隷身分の証であるが……。
これを好機と逃げようとしていた賊を倒す。
ひとまず馬車の中の人が無事かどうか確認しないと。
馬車の戸を開いて中を確認する。
そこには2人の人がいた。
1人はタキシードを着た中年の男。
流れ矢に不幸にも刺されており、すでに息絶えているようだ。
もう1人はボロボロで無染色の布の服を着た少女。
頭を両手で押さえ、恐怖の眼差しでこちらを見ている。
長く綺麗な金髪に大きな透き通った碧眼、小さな顔立ち。
少々やつれ気味だが、かなりの美人だ。
「大丈夫。俺は助けに来たんだ」
「えっ? 助けに?」
「そうだ、もう大丈夫。襲っていた賊は倒したよ」
「そうですか……ありがとうございます」
安堵したのか、両手を頭から放して礼をしてくる。
「君は?」
「私はレイ。奴隷です……」
「奴隷?」
「はい、今からこの奴隷商に売られる奴隷です」
奴隷とは身分の一つだ。
主に戦争に負けた地域の人や没落した家の人間などが堕とされる階級。
呪術師によって額に奴隷紋が施され、そこに主人となる者が名を刻む。
そうすることで奴隷はその主人の言うことに逆らえなくなる。
言わば奴隷紋は強制の呪いである。
そして俺は先程何を盗んだのか理解した。
――奴隷を名乗るこの少女の額には奴隷紋がなかったのだ。
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