第54話 儚き幻となりて
☆★
準決勝もう一つのカード、ロラン対アルダシールの試合が行われている。
先程の試合に比べても遜色ない熱狂に包まれた会場の中、2人の戦士が剣を構える。
アルダシールは分厚い漆黒の鎧に守られ、太い漆黒の剣が太陽によって妖しい輝きを放つ。
目は髪で隠されて見えないが、口は不気味な笑みを見せている。
その姿を見たカルタナの兵士の目にいつも以上に真剣さが宿る。
試合開始となっても2人共に動かず、場に緊張感が漂う。
真上で照る暑い太陽の熱と会場の熱気と合わさり2人の額から汗が滴った。
「いくぞ」
いつまでも続くかと思われた長い牽制、先に動いたのはアルダシール。
ロランの頭上より大剣が振り下ろされるがいつも通り彼は剣でいなし、後ろに跳んで距離をとる。
「なるほど、流石と言うべきか?」
いつもであれば相手の剣を折る威力である剣を上手くいなされ、アルダシールは関心し表情はさらに不気味な笑みを増す。
「まともに食らえばひとたまりもないな」
うまくしたロランだがその威力を感じ取りさらに緊張感を増す。
また観客も息を呑む牽制が始まるが、その表情は対照的に映る。
そして動くのはやはりアルダシール、重い鎧をもろともしない速さで一気に距離を詰め無造作に大剣を振り下ろす。
またしてもいなされるがそこから切り返し、今度は振り上げる。
「――チッ!」
それにもなんとか合わせたロランだったが相手の攻撃はまだ終わらない。
「ハヤブサ斬り」
「幻影剣!」
ハヤブサ斬りの上段・中段からの攻撃は凌いだが、下段までは無理と悟った彼は早くも切り札を使う。
捉えたはずの大剣が空を裂き、刹那に背後から分厚い鎧に衝撃が数度にわたり響く。
衝撃を受けた体を剣を振りながら振り返るがそこにはロランの姿はなく、また背後に衝撃が伝わる。
形勢逆転。
流石に耐性を崩したアルダシールにまた強い一撃が加わり、遂に膝をつかす。
「決まりだな」
首筋に剣を振り下ろしたところで剣が止まる。
寸止めしようとはしていたがそれによるものではない、何かにより阻まれたのだ。
「潰す……潰す、潰す、潰す潰す潰す潰す……」
「なんだ?」
突如アルダシールの体を禍々しい黒いオーラが纏い、首にある剣が弾かれロランは距離をとる。
だらんと首を垂らしたままフラッと立ち上がり、漆黒のオーラが湯気の様に湧き出るその姿はもはや同じ人間と言って良いのだろうか、少なくとも彼の瞳にはそれはおぞましい何かに見えていた。
「ハアァァァァァァ!」
垂れた首を今度は反り返らせ雄叫びをあげるアルダシール。
「―― なっ!?」
瞬時に目の前に現れた彼にロランは咄嗟に後ろに引くしかできなかった。
しかし刹那に腹部に伝わるのは痛み、完全に間合いを抜けることはできず剣によって防具ごと裂かれる。
痛みに眉を歪める暇も与えられず、相手の攻撃が襲う。
なんとか剣を合していくロランだが、もはや目で追うこともできず、体を動かすは経験に学んだ勘のみ。
奇しくもロビンを仮想敵としてシミュレーションしていた結果が出ていたといえるだろう。
しかし、それもこの技名のない無造作の連撃によって限界を迎えようとしていた。
上手くいなしていたとはいえ動かすたびに激痛の走る腹部。
「幻影剣」
なんとか再逆転を狙い切り札を使う。
ロランを捉えていたアルダシールの剣が大きく空を裂く、それに合わせて後ろに出現した彼が剣撃を放とうとした。
「――ツ!?」
しかしアルダシールの動きが早かった、分かっていたと言わんばかりに振り返り、振り下ろした大剣をいとも簡単に振り上げに切り替える。
そして秘技を見破られた同様かついに反応が一瞬遅れ、ロランの剣先が折られて後ろに飛ぶ。
たまらず尻餅をついたロランが見上げた先にはもはや恐怖を与えるほどに歪んだ笑み。
今まで見えなかった切れ長で細く真っ黒な瞳は妖しい煌めきを放つ。
――もはやこれまでか。
決勝でロビンと再び戦いたい、その強い気持ちが今折れかけていた。
けれど彼を突き動かしたのは負け続けた過去だ。
剣の実力で軍の幹部まで上り詰めた父の才能を十分に引き継いだ彼、その分野では同世代には敵はいないだろうと周りから言われていた。
しかし結果はどうだっただろう、学園に現れた村出身の同い年が大きな壁として立ちはだかる。
そこから何度も対策を練ってはそれを破られるのを繰り返した。
ついに1度も勝利することが叶わず学園を卒業した彼は父に秘技を教わった。
外には見せず文字通り血の滲む努力をし、ついに完成させたこの技を持ってこの場に立つ。
――全てはロビン=ドレイクと再戦し、勝利するために。
「クソッ……あいつに、恥ずかしい所を、見せれないんだよ」
ライバルにして一番の親友と戦うため、ロランは悲鳴を上げる体に力を入れ、ふらつきながらも立ち上がる。
目はかすみ、あれだけ大きな歓声も聞こえず、未だ出血を続ける腹部は痛みすらもはや感じない程に満身創痍。
突き動かすのはもはや精神論の類いのみ。
それでも、彼は折れた剣を捨て拳を構える。
決して苦手な魔術よりも武術の方が勝機があると判断したわけではない、ただ本能的に構えたものだ。
しかしそれを見たアルダシールはニヤリと笑い、天に剣を掲げる。
「まじ……かよ……」
立ち直りかけた強き心が折れてしまった。
霞む目が捉えたのは立ち昇る巨大な漆黒のオーラ、剣に集まり昇天するその禍々しい物は人がなせるものではない。
彼はそう、死を予感してしまったのだ。
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