第52話 竜虎相搏

「どうした、そんなものではないだろう?」


 やろう……。

 威風堂々立つラムセスが姿勢そのまま挑発してくる。

 あれだけの攻防をしたというのに顔に汗ひとつないようだ。


「凄いね。あれだけ攻撃したのに全部防がれるとは思わなかったよ」

 

 まさか本当に未来が見えるなんていわないよな。


「未来が見える、とでも言いたそうだな」


「まさか、本当に見えるのか?」


 そう驚くとラムセスの固かった表情が一瞬崩れ、鼻で笑う。


「そんなことできるはずもない。しかし、似たようなことはできるとでも言っておこうか」


 似たようなこと? なんだ?

 いや、惑わされるな。


 俺は再びラムセスに攻撃を与えんと飛び込む。

 初撃は上から、上に軽く跳んで短剣を振り下ろす――それはフェイク。

 ラムセスがその短剣を防御しようと剣を上げたところで短剣を引いて体をよじる。

 そのまま腹部を目掛けて短剣を振り切る。


 ――重い感触が体に響く。


 また防がれた?

 だがまだまだ!


「アイスフォール」


 そのまま短剣を競り合わせ、氷の塊をラムセス目掛けて落とす。


「ふん!」


 さすがにこの状態では防げないと思ったか、相手は力ずくといった感じで俺を振り払う。

 そしてなんとか大剣を振り払い、巨大な氷塊を切り裂く。


 綺麗に真っ二つになりラムセスを避けるように左右に落ちる氷塊。

 

「そこだ!」


「なんの――」


「絡みつく」


 頭の上で大剣を持つ手を影が絡みつき、動けなくする。

 そして完全に空いた胴目掛け、体のひねりもいれつつ思いっきり短剣を振り切った。

 

「――ゥグッ!」

 

 補正のない分、鎧は剣に比べもろいようだ。

 鎧のお厚みがあったぶん浅いが、防具を突破し、確かに身を切った感触があった。


 たまらずと後ずさるラムサス。


 よし、この場から動かすことも成功した。

 なんとも言えない達成感があるが、まだ終わりではない。

 相手が体勢を整える前に一気に追撃する。


 一撃、二撃と入るが、相手が体を咄嗟に反応させたためかなり浅い。


白影返はくえいがえし」


 しかもその次の攻撃――ラムセスの頭部を狙って下した短剣は防がれる。

 

「――ッ!」


 短剣が防がれると同時に腹部が強烈な衝撃に襲われる。

 まるで鈍器で思いっきり殴られたよう。

 その衝撃のままに俺の体は宙を舞い、後方へ飛ばされる。


「再生」


 バク宙して体勢を整え着地し、《再生》を使用する。


 剣士のスキル《白影返し》か。

 剣の動作と連動した反撃スキル。

 使い勝手があまりよくなく、使用している人を見たことはなかったが、こう使うのか。


 反撃はされたが、《再生》によって俺にダメージはほとんどない。

 それに相手には少なくともダメージを確かに入れられた。

 ――だいぶ戦況は有利になったはずだ。


「今度は体を癒すか、もはやなんでもありといったところか」


 ダメージはないといった感じで顔色変えず言ってくる。

 しかし、その腹部からはさっき与えたダメージの証拠に赤い血が漏れている。


「まあ、盗賊なんでね」


「フフッ。ただの盗賊がそんな芸当できるはずなかろう?」


「さあ、そう言われても困るな」


「では次はこちらからいくとしよう」


 ラムセスの目付きがさらに鋭く威圧的なものに変わった。

 ――来る。


「一閃」


 片足を一歩踏み出し腰を下ろして大剣が横に振り払われる。

 それにより発生したかまいたちを上に跳んで避ける。

 

「ハヤブサ斬り」


「――なっ!」


 十分に間合いはあいていたはず。

 あの鎧を着ながらこんなに速く動けるのか。

 空中で高速の三連撃をなんとか短剣で全て処理するが、なんていう重さだ。

 すこしでも受けが甘くなれば弾かれてしまいそうだ。


「乱星光剣」


 着地した俺にすかさず光の剣が降り注ぐ。

 

「――ッ!」


 くそ、さすがに全ては無理か。

 光の剣をそのまま短剣で防ごうとするが何発かかすってしまった。


「再生」


 影が俺の傷ついた部分に纏い修復する。

 

「ハヤブサ斬り」


 そこへ間髪いれずに追撃がくる。

 なんて連撃だ。

 なんとか防ぐが、最後の下段からの攻撃で体が浮き上がってしまった。


「一閃」 


 宙で逃げ場のない俺にかまいたちが襲う。

 ――まずい。

 

「バットンウィング」


 なんとか影の羽を顕現させ、上空に一気に羽ばたいて間一髪逃れる。


「危なかった」


 ふと大きく深呼吸し、息を整える。

 攻撃も凄いものをもっているな、反撃型っていうのはハンデとしてやっているのではないかと思えるほどだ。


 観客の声援が今日一番の大きさを見せる。

 ラムセスが押していることによる熱狂であろう。


「空も飛べるのか、本当にいったい何をしたらそんなことができるっていうのだ」


 上空にいる俺を見上げ、ラムセスは感心したように言う。

 

「本当にわからないんだけどね」


 本当は【バットンウィング】を使いたくはなかった。

 空から攻撃するのは流石に卑怯な気がするから。

 だけど、もう仕方がない。


「アイスフォール」


 巨大な氷塊を天から振り落とす。

 同時にそれの後ろに隠れる様、俺もラムセス目掛けて降下する。 


「一閃」


 氷塊はかまいたちで綺麗に上下に両断される。

 その後ろの俺まで迫ろうとしていたそれを少し上に避け、そのまま前転して勢いをつけてラムサス目掛けて短剣を振り下ろす。


 当然防がれるが上空から勢いをつけた分衝撃は今までのそれとは違う。

 俺の攻撃の勢いがラムセスその壁の耐久力を上回り、ラムサスの大剣が弾かれ、後ろによろめく。


「そこ!」


 バットンウィングをそのまま地すれすれで飛行させ、胴の鎧が裂かれた部分に短剣を突き刺そうと突っ込む。


『期待を裏切りやがって!』


 とどめの一撃が届く寸前、前の試合で観客が投げた暴言が脳を過った。

 

 ――強固な壁に阻まれ、俺と短剣はその勢いを失う。

 その一瞬の迷いが攻撃を遅らせてしまったのだ。

 

「おい、今、手を抜いたか?」


 難を逃れたラムセスが大剣を地に思いっきり突き刺し、静かに口を開く。

 その声色はとてつもなく冷たく、力強い瞳の中には確かに怒りの炎が見えた。

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