第28話 その翼はイカロスよりも高く

「レイ、カルタナに戻って報告と援軍を要請してくれ」


「……いくの?」


 傍にいるレイが俺を上目遣いで見ながら聞いてくれる。

 心配してくれているのだろうか、その目は少し不安げだ。

 だが、俺の決意は揺がず目をしっかり見て「ああ」と頷く。


「敵は私の、いいえ、ロビンの想像よりきっと強大よ?」


「そうだな。でも今にカルタナが襲われるかもしれない。止めないと」


「そう、なら約束して」


 そう言ってレイは小指を俺にさしだしてくる。

 指切りげんまん――この世界にもある約束の方法だ。


「私が戻ってくるまで死なないで」


「もちろん。心配しなくてもいいよ、俺は絶対負けないから」


 その言葉を守るため俺は彼女のその細く冷たい白い小指に自分の小指を絡める。


「か! 勘違いしないで、私はあなたの心配じゃなくて自分の生活の心配をしているのよ」


 そっぽを向いてそう返す彼女。

 しかしその白い頬は目に見えるほど赤らんでいる。

 これがツンデレっていうやつか? なんてこの状況に合わないことを思ってみる。

 心配しなくても生活も俺も大丈夫、俺は裏切ることはしない。


「それじゃあ行ってくるよ」


 絡んだ小指を切りレイに背を向ける。


「ええ、私もできる限り早く援軍を連れてくるわ」


「頼む――バットンウィング」


 背に影の翼を顕現させ、一気に天へ羽ばたく。

 一度羽ばたいたその翼はグングンと速度を上げ、風を切っていく。

 痛いほどの風圧を体にあびながら俺の体は天へ昇る。

 目指すは山の頂、間違いなく奴はそこにいる。


 あっという間に俺の体は標高3000メートルのモア・グランドを超える。

 体を反転させて勢いを急停止。

 山頂を上から見下ろす。


 そこには赤く巨大なドラゴンのシルエット。

 俺のよく知るドラゴンの特徴を持ったそいつが圧倒的な存在感を醸し出し、確かにそこにいた。


 ドラゴンも俺の存在に気付いているようだ。

 その鋭い金の眼光が俺に向いている。

 

『ほう、まだ生き残りがいたとはな』

 

 喋った? 聞こえたのは老若男女どれともしれない気持ち悪い声、こいつは人間の言葉が話せるのか。

 しかしその言葉は明らかにこの距離で聞こえた物ではないもの。

 それは脳に直接話しかけてくるような――思念のような感じで伝わってくる。


『我を妨害する愚か者よ』

 

 そう聞こえたと同時にドラゴンの口に炎が籠っているのが見えた。

 ――まずい。


「スプラッシュウォーター」


 両手首を合わせて広げ、ドラゴンに向ける。

 そこに小さな水球が現れ、魔力を込める。

 水球を大きくし、すぐにドラゴンから俺を覆い隠すほどの大きさになる。

 

 ドラゴンが炎を吐くのを確認し、それを放出する。

 おおきくも質量を圧縮した水が勢いよくドラゴン目掛けて放射される

 これが俺の水系の基本魔法【スプラッシュウォーター】である。

 

 すぐさま炎と水がぶつかる。

 蒸発と消火――両者が凄まじい勢いで同時におこなわれ、一瞬の均衡が保たれる。

 

「無理か」

 

 この炎、いったい何℃あるというのだ。

 白く発光する炎なんて初めて見た。

 すぐに均衡が崩れてぐんぐんと俺の水を蒸発させて迫ってくる。

 俺はすぐさま体を下降させ、その炎を避ける。


 山頂に勢いよく着地し翼を解く。

 炎が水を蒸発させた結果あたりを濃霧が覆っている。

 その霧は熱気を包み、蒸し暑さが俺を纏う。


「シャドウ」


 霧に乗じて一時姿を消す。

 

 ひとまず周りのざっと確認する。

 もしかすると兵の生き残りがいるかもしれない。

 幸いドラゴンも霧とシャドウで隠れた俺の姿を確認できないようで視線がこちらを向かない。

 

 ――駄目か。

 黒く溶けた鎧だけが残り、他に命の気配どころか人間の形をしたものすらない。

 くそ、あれだけいた兵が全滅か。


 ……ならばもうこいつに集中するしかない。

 いけるか?

 装備屋で新たに購入したダマスカス短剣を抜く。

 

 それを右手に構え、赤い影に向かって駆ける。

 跳んで巨大な体を短剣で斬る。

 なんとか鱗に弾かれず振りぬくことができる……しかし、浅いか。

 

『ほう、我の体に傷をつけようとでもいうか?』


 体を反転させ、もう一度斬る。

 次、次、と手数多く短剣をその体に振るうがやはり鱗を傷つけるのが精いっぱい。


『無駄だ。ちょこまかと攻撃しているようだが、我を傷つけることなどできぬ』


 ドラゴンの声が脳に届く。

 俺の攻撃をあざ笑うが如くその大きな体は一歩すら動いていない。


 さあ、どうする。

 鱗に覆われていない部分を狙うしかない。

 こういう場合は……そうだ、目だ。


「バットンウィング」 


 再び翼を顕現させ奴の顔の前へ飛ぶ。

 威圧的な迫力のある金色の瞳が俺の前にギラリと光るがドラゴンは動かない。

 よし、やはり気づいていない。


 左手を柄の先に添え、両手で一気に目を刺そうと飛び込む。


 ――視線が動いた!?


「――ぐっ!」


 俺の体に今まで味わったことのない衝撃が襲う。

 気づいた時には地面に体が叩きつけられており、一瞬何が起こったのか理解できなかった。

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