第35話 その名はファフニール

「ロビン!」


「母さん! 父さん!」


 バルコニーから領主の部屋に戻ると両親がそこに待っていた。

 開かれたドアから俺の姿を見るや否や俺のもとへ駆け寄ってくる母さん。

 少しびっくりしたが領主が気を利かせて連れてきてくれたのだろう。


 盗賊と宣言され、泣いていた俺。

 それを大したことではないと励ましてくれた母さん。

 冒険者になりたいと言った時に後押ししてくれた父さん。

 両親を見てあの独り立ちした日が鮮明に蘇ってくる。


 早くも今、俺はカルタナやギゼノンで英雄扱いだ。

 

 母さんはきっとまた抱きしめてくれるだろう。

 俺は両手を広げて母さんを迎える。


「――ッ!?」


 一瞬、なにが起こったのか分からなかった。

 俺の視界が揺れ、頬に痛みと乾いた音が響く。


 母に視線を戻すと涙ぐんでいる母さんの姿。

 ビンタされた? なんで?

 俺は悪いことはしていない、いや、むしろ褒められることをしてきたつもりなのに。


 まだ状況がつかめない俺を次は暖かさが包む。

 

「バカ。どれだけ心配したと思っているの」


 いつもの匂い、いつもの感触。

 そして少し涙混じりの声が聞こえる。


「冒険者になるってだけでも怖かったのに、次はドラゴンを討伐しに向かったって……心臓が止まるかと思ったわ」


「母さん……ごめんなさい」


 そうか、そうだよな。

 あの母さんがこんなこと、心配しないはずがない。

 抱き寄せる手に力がさらに加わる。

 母さんの気持ちが痛いほど伝わり俺の瞼にも熱いものが込み上げてきた。


「ロビン、よくやったな」

 

 分厚い手の感触が頭に伝わる。

 これは父さんの手だ。

 

「うん俺、頑張ったよ」


「ああ、さすが俺たちの子供だ。なあ母さん」


 込み上げた涙が溢れ出て母さんの服を濡らす。

 どんなに多くの人に称えられるより、どんなに偉い人に称えられるより俺はこの2人に褒められるのが嬉しかった。


 ♢


「いい両親ね」


 領主廷や両親を後にして宿屋に戻る途中にレイが言ってくる。

 それにもちろん俺はこう答えるのだ。


「ああ、俺の一番の両親だよ」


「そう。いいわね、私にも両親がいたらこんな感じだったのかしら」


「レイの両親は……」


「もういないわよ、父も母も」


 迂闊に口が滑ってしまった。

 今こんな感じだからレイが奴隷だったってことを忘れてしまっていた。

 悪いことを聞いてしまったな。

 

「ごめん」


「いいのよ」


 少しきまずさを残して宿屋に戻った俺たち。 

 ベッドに横になった瞬間に今までの疲れが一気にでて、そのまま俺の意識は遠くなった。


 ♢


「――人。――主人!」


 朝の爽やかな日差しが差す。

 もう朝か、いつの間にか寝てしまっていたようだ。

 俺の体が揺すられる、そして女の子の声が聞こえる。

 ――ん?


「――ォワッ!」


 その普段とは違う違和感に一気に目が覚めベッドから飛び起きる。


「おお起きたか、主人よ」


 なんだなんだ?


 目の前には少女が両手を腰にあて俺を見つめている。

 真っ赤な燃えるような肩までの髪、毛先は軽く曲線を描いている。

 高価そうな赤いドレスを身に纏うその背は小さいようで胸もなく、歳は10歳ほどのように見える。

 だが大きくキリッとしたその金色の瞳には何故か凄みがあり、引き寄せられるようだ。


 そんな少女が宿屋の俺の部屋にいるっていうのも意味がわからないが、さらに俺のことを主人と呼んでいる。


 もちろん俺にはこんな少女奴隷を買った覚えもない。


「誰だ?」


 目は一気に冴えたが、状況は全くつかめない。

 言葉が漏れるように少女に俺は問う。


「なんじゃ? 察しが悪いの主人は」


 察しと言われても困る。

 俺は本当にこの少女を知らないのだ。


「これを見てもわからぬか?」


 少女がおもむろに前髪をあげて額を俺に見せる。

 そこには奴隷紋があり、俺の名前がしっかりと刻まれている。


 え? 本当に? いつの間に俺はこんな少女を買ってしまったんだ?


「やれやれ、我に勝った人間とは思えないな」


 勝った? 我?

 俺の頭の中に一つの答えが光る。

 

「まさかドラゴン……か?」


 ヒントをまとめるとその答えに辿りついた。

 

「正解じゃ」


 八重歯を見せ満足気に笑むこの少女、もといドラゴン。

 いやいや、なんでこんな所に? しかもこんな姿で?

 俺の頭は余計に混乱し、カオスの様相を見せる。


「なんでこんな所にいるんだ? しかも女の子の姿で」


「ん? やはりお主も男だ、女の姿の方がよかろう?」


「いや、そういうことを聞いているんじゃなくて……」


「お主がドラゴンのままでは連れていけぬと言ったのだろうが」


 そうか、確かに俺は騒ぎになるからドラゴンに連れていけないと言った。

 だが、人間の姿になればいいなんて一言も言っていないのだが。


 どうしていいかわからずため息が出る。

 

「ロビンどうしたの、大きな音が隣まで聞こえてきたけれど。入るわよ?」


 ノックをして隣の部屋に泊まるレイがそのまま俺の部屋に入ってくる。

 

「あなたって、ロリコンだったのね?」


「違う」


 そして当然俺と同じ部屋にいるこのドラゴン少女がその目に映る。

 そしてお決まりのような言葉が俺に投げかけられ、俺も瞬時にそれを否定する。


「なんじゃ? やはりこいつがお主のつがいか?」


「違う」


 そしてやはりこのドラゴン少女もお決まりの言葉を投げてくる。

 

「そういえば自己紹介がまだじゃったな!」


 俺から一つ跳んで離れ、少女がどっしりと構える。

 俺もレイもその少女に注目、そして彼女は口を開ける。


「我は原初の生命にして火を司る者。尊厳たるレッドドラゴンである。名前はそうじゃな、【ファフニール】とでも呼ぶがよい」


 自分の名前をドヤ顔で決める少女、その特徴的な八重歯が光る。

 隣のレイは状況がつかめずポカンとしている。


「これからよろしく頼むぞ、主人よ」


 はぁ、一難去ってまた一難。


「して、我の心臓の1つはちゃんと持っておるのか?」


 心臓? ドラゴンハートの事か……どうしよう、でも正直に言うしかないよな。

 

「ごめん、投げ捨ててしまったよ」


「なん、じゃと!? うぬぬ……」


 俺の答えに分かりやすく頭を抱えてショックの表示を見せる。

 そりゃ自分の心臓を捨てられたら嫌だよな、普通は生きていないんだけど。


「困った、が、仕方ないか……つでは……」


 小さい体で難しそうに考えている。

 その姿に余計に申し訳なさが襲ってきた。


「本当にごめん」


「もうよい、じゃが見つけ次第我に返してもらいたい」


「わかった」


 きちんと見つけてやらないとな。

 やれやれ、これからも大変なことになりそうだ。


 ⭐︎以下後書き⭐︎

 これにて第1章完結です。

 多くの応援ありがとうございます。

 これから物語は第2章に進みます。

 第1章では対魔物メインでしたが第2章は対人間がメインになります、そして2章後半よりなろう版とは展開も変わります。

 主人公の無双展開もさらに加速するのか?


 ここまで読んでくださった皆様へ。

 この作品を読み、少しでもおもしろいと思っていただけましたら、よければフォロー・評価よろしくおねがいいたします。

 感想・レビューの方も随時お待ちしております。

もちろん読んでいただけるだけでも大変うれしく思います。

 では、これからも物語は続いていきますのでよろしくおねがいいたします。

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