第3章

第68話 平穏な日常、その中にある変化

 大会も過ぎ去り、色々衝撃な事実を知ってカルタナへ戻った俺達。

 相変わらず消えたドラゴンハートの行方の手掛かりはなく、アルダシールの様な急にでてきた狂人の噂もない。

 平穏な日々に戻ったが、この大会で変化したものもあった。


 ひとつはロランのこと。

 軍の新兵で与えられる仕事も新兵のそれだった彼だが、大会での活躍もありなんと早くも十人隊長に昇進した。


 俺は祝福したが、本人は俺を倒し優勝するはずだったと苦笑いだ。

 そんな彼のもとにはエルシーはじめ、若き精鋭たちが配属されているのだという。

 彼の性格と心強い仲間がついているのならばきっとうまくやっていけるだろう。


 そしてもうひとつ、俺のまわりで変わったこと。

 それは――。


「さあ、できたわよ」


 リビングにある4人用の四角いテーブルに今日の夕食がドンと置かれる。

 香草で大きな魚や貝を蒸したもの。

 トメトを使ったパスタ料理。

 そして綺麗な小麦色に焼かれたパン。


「おぉ! 今日もおいしそうなのじゃ!」


 斜め向かいに座るファフニールがフォークとナイフを両手に持ち目を輝かせている。

 そして、俺の前にエプロンをはずしたレイが座る。


「それじゃあ、食べようか」


 そう、これを作ったのはレイである。


 大会の後、カルタナに戻った俺たちは小さな一軒家を購入した。

 俺たちそれぞれに部屋があり、生活の上で必要なスペースも当然ある。


 今までは宿屋だったが、別々の部屋を借りないといけないことは勿論、少し不便に感じるところを感じていた。

 冒険者になったばかりの時に比べれば十分過ぎるほどのお金を持っている。

 2人も賛成してくれたのでドンと購入したのだ。


 そしてキッチンもできた俺たちの生活スペース。

 今まで外食ばっかりだったが、なんとレイが料理をしたいと言ってきたのだ。

 しかもこれがかなりおいしい。

 俺とファフニールがその初料理を褒めた時、彼女は顔を真っ赤にして照れていた。

 

「うむ、今日もうまいのじゃ! 店で食べるよりもうまいぞ!」


 最初の頃に比べ、随分とファフニールの食事マナーも良くなった。


「そうかしら」


「ああ、本当においしいよ」


「あ、ありがとう」


 あの時よりも薄れたが、それでも彼女は照れている。

 その中に喜んでいる様子もうかがえ、その顔を見ていると俺までなぜか嬉しくなってしまう。


 その他、家事というものを彼女は率先的にする。

 間違いなくこの家の母的存在だ。


 あの大会以来、彼女は積極的に物事をするようになってきているように思う。

 それは俺にとっても嬉しいもの。

 表情も以前よりさらに柔らかいものになり、豊かになった。


「ごちそうさまでした」


「はい、お粗末さま」


「のう、主人。明日は――」


 たわいもない話をそのままテーブルの上でする俺とファフニール。

 その近くにあるキッチンから水の流れる音と共に心地よい鼻歌が聞こえてくる。


 辛い過去がきっと、彼女を今までツンとした近寄りがたいものにしていたのだろう。

 この変化は少しでも前を向けている証拠なのだと思いたい。


「そういえば、レイ」


「なにかしら?」

  

 洗い物が終わり戻ってきたレイに俺は思い出したことを伝える。


「もうすぐ成人式なんだ。レイも今回、成人だったよね」


「もうそんな時期なのね。あなたと出会ってもう1年近くなる……」


 思いにふけったように遠くを見て、にこやかに軽く口角を上げるレイ。

 なにを思い出しているのだろうか。

 確かにこの1年、いろいろなことがあったな。


 あの大会が終わったのがつい先日のようだが、月日が流れるのは早い。

 あの屈辱の日、だけどそれ以上に暖かさを感じたあの日。

 俺が冒険者として再スタートをしたあの日からもうすぐ1年になろうとしている。


「成人? とはなんじゃ?」


 レイは今回の成人式の対象となるはずである。


「大人になるってことだよ」


「ほう、レイは今まで子供じゃったのか!」


 少し小馬鹿にしたように笑うファフニールに少しムッとした表情を見せるレイ。


「だからレイにローブを買おうと思うんだ」 


 そう、レイに正装であるローブを用意しないといけない。

 決して安いものではないが今の俺にはそれぐらいどうってことはない。


「ローブね……あなたが着ていたものはどんなのかしら?」

 

「俺が着ていたものは父から譲られたものだよ」


 持ち物アイコンからそのローブを取り出してレイに見せる。

 全体的に黒く、襟の部分が赤い父のローブだ。


「それでいい。いいえ、それがいいわ」


「え? でも新しいローブの方が――」

 

「それがいいの……だめ、かしら?」


 少し不安そうな顔をして俺を見てくる彼女。

 その碧眼に吸い込まれそうになった俺に、もう拒否する選択肢などない。

 

「これでいいって言うなら……」


 俺がローブを差し出すと両手でそのローブを持ち、ギュッと自分の懐に持っていく彼女。

 「ありがとう」と言う彼女の顔につい見惚れてしまい、俺は生唾を飲んだ。


 そしてそれからしばらく、成人式を迎えた――。

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