第31話 そして神話は影に覆われる

 だからといって正面から《盗む》を使用しても通用しない。

 最初に通用したのは恐らくそれが何なのかドラゴンがわかっていなかったからだ。


 とりあえず、工夫するしかない。

 

「アイスフォール」


 ドラゴンが体勢を整えたところへ氷の塊を落下させる。

 それはドラゴンの火球であっさり蒸散し、鏡のような氷の粒が空に散る。

 しかしそれは囮だ。

 氷の塊を盾に後ろから短剣を向けて急降下しており、そのまま風を切ってドラゴンを突く。


 だが、それもドラゴンが体をよじって回避し、俺の体はそのままドラゴンを過ぎ去る。

 それも織り込み済みだ。


「まだまだ! 盗む」

 

 体を急激に回転させ、仰向けになり上空のドラゴンに影の手を伸ばす。


『なんの!』


 またしてもその尻尾で影が打ち消される。

 これでも駄目か……。

 連続攻撃でなんとか隙を突こうとしたが届かない。


 だが、まだ続けるしかない。


「ライトニング」


 雷の基礎魔法である《ライトニング》をドラゴンに向け飛ばす。

 それは紫色をした電気の光線。

 超高速の電気がドラゴン目掛け手のひらほどの太さの一筋の線を描く。

 

『ぬるい!』


 電撃がドラゴンに命中はしたがやはり効き目は薄い。

 この魔法は超高速で射出されるため使い勝手はいい。

 それに雷という恵まれたかっこいい属性、しかし攻撃力はあまり高くないのだ。

 当然奴に通用するはずもなく、あたった所が僅かに黒ずむだけ。


「ライトニング」


 しかし、何度も撃ち込めばどうだろうか。

 上空へ飛翔しながら何発も《ライトニング》をその巨体に撃ち込む。

 数発撃たれたところでさすがに嫌がったか、ドラゴンがその体が動かして回避にまわる。


 よし、今だ。


「オーガスタンプ」


 巨大な影の拳を振り落とす。

 それと同時に俺は体を高速で移動させ、一気にドラゴンの側面を取る。


 ドラゴンが火球を放ち、その拳を砕かんとする。


「盗む!」


 その瞬間、意識が完全にこちらを捉えていないところへ《盗む》を使用。

 これでどうだ。


『届かぬ!』

 

 見切られていた!?

 完全に捕えたかと思えた瞬間、ドラゴンが翼をうまく使って移動し影の手を回避する。

 それでも影の手は追撃をするがそれはドラゴンの火球で消される。


 今回はうまくしたはずだったが、次はどうしたらいい。

 

 ――何時間戦闘したのだろうか。

 気が付くとすでに空は茜色に染まり、夜が迫っていた。

 

 嫌がっているのは確実だが、何度も《盗む》を使用してもうまく当たることはない。

 だが他の魔法や短剣でのダメージは少しずつだがドラゴンに与えられているはずである。

 一方の俺もさすがに疲れが着実に出てきた。

 何度も回避しきれずにダメージを貰うが《再生》で回復し、HPはまだ余裕を残しているが疲れまでは取れないようである。


『ここまで我に拮抗する人間がいるとはな……』

 

「俺もここまで苦戦したのは初めてだよ……」


 ドラゴンの声にも疲れがみえてきている。

 本当に、こんなに真剣に戦わないといけないのは子供の時の父さんの修業以来だ。

 

『しかし、そろそろ終わらせてもらうぞ』


 その巨体が俺に向けて高速で突進する。

 もちろん俺はそれを避けるが、読まれていたかのように避けた瞬間その場所目掛けて火球が迫る。

 

「スプレッドウォーター」


 なんとか魔法を合わせて防ぐ。

 

「――ッ!」

 

 しかしそれもまた当然読まれていた。

 熱気を帯びた濃霧に覆われた俺に霧を裂いてムチがとんでくる。

 両手で頭上に短剣を持ち盾として防いでダメージをとどめるも体は地に向かって叩かれる。


 思わず塞いでしまった目に光が映る。

 なんとか体を止めて目を開けるともう寸前に灼熱の炎が迫っている。

 

 まずい。

 一度止めた体をまた地上に向けて高速で移動して逃げる。

 地上スレスレで体を急転換させてなんとか炎を避ける。


 くそ、まだあんなに余力が残っているのか。


 急上昇し、体勢を整える俺に火球が撃ち込まれるが、今回は余裕をもって回避する。


『これでもまだ墜とせんとは』


「いや、今のは本当に危なかったよ。一瞬間違えば俺は確実に死んでいた」


 ドラゴンがいる高度まで辿りつき、また睨み合って対峙する。

 だが、その均衡も俺が一瞬体を動かしたことで崩れる。

 短剣で再びドラゴンの懐に飛び込み、相手もそれをさせまいと鉤爪を振るい止める。


 MPはもう少ない。

 魔法はもうここぞという場面でしか使わない方がいい。

 短剣でできるだけ削って、隙があれば《盗む》だ。

 

 いくらかの近距離の競り合いの後、俺がドラゴンの上を取る。

 ドラゴンはそのまま灼熱の炎を撃つべく口に炎をため込んでいる。


 ――その展開は突然のことだった。


「スプレッドウォーター」


 ドラゴンの背にいくつもの水が放射され、体に命中させる。


「ロビン!」


 山頂の地にはよく知る金の髪の少女と幾人もの軍兵の姿が小さく映る。

 レイが約束通り援軍を引き連れて戻ってきたのだ。

 

小癪こしゃくな奴らだ、次から次へと鬱陶しい』


 ドラゴンが俺から視線をそらし、地上に向く。

 

 そこだ!

 俺は一気にドラゴンの背後に向けて迫る。

 

『あまい!』


 ドラゴンがそれを察知し俺の方を向こうとする。


「シャドウ」


 その視線が見える前に姿を消す。

 

『なに!?』


 一瞬目に頼ったなドラゴン。

 地上の兵に気をとられ、そのせいで五感全てに頼らず俺を視線だけで追おうとした。

 その一瞬の隙が命取りだ。

 このチャンス、絶対に逃さない。


「絡みつく」


 バジリスクから盗んだスキル《絡みつく》。

 影がバジリスクに絡みつき、動きを止める。


『なんの! こんなもの!』 

 

 ドラゴンがその屈強な腕に力を入れ、影を引き裂く。

 だが、もう遅い。


 背後のその固く、トゲトゲしい鱗の間に思いっきり短剣を刺し込む。


「これでもう振りほどけないし、かわせないだろ!」


『何をする!?』


「さあ、盗ませてもらうよ――盗む!」


 ――それは今までにないほどに大きな影の手だった。

 俺の体から漏れ出すようにあふれ出したその影はその大きさをぐんぐんと巨大化させる。

 それは手と呼ぶにはあまりにも醜悪。

 ドラゴンの体よりも巨大化したその漆黒の影はそのまま標的を飲み込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る