第47話 親友もまた衝撃を与える者なり

 ロランの退場を見届けて俺も参加者用観客席を立つ。


「いやぁ、またとんでもない奴が現れたな」


「ああ優勝はあいつかもしれねぇぞ?」


「ならお前はあれにしろよ」


 廊下ですれ違う人達からそんな声が聞こえる。

 やはりロランの試合は衝撃的だったのだろう。

 ロランが認められるのは俺も嬉しく思う。


「ん?」


 闘技場から出てある光景に目が留まる。

 外壁に寄りかかり、苦しそうに膝をつく男の姿がそこにはあった。


 カルタナ軍の鎧姿ではなく私服だがあの茶色の髪に体格、それに雰囲気――間違いない、ロランだ。


「ロラン! どうしたんだ!」


 苦しそうにする彼に慌てて駆け寄る。


「ああ、ロビンか……」


「大丈夫なのか? 顔色が悪いよ」


 地を見るロランの顔は一目瞭然なほどに青く、とても大丈夫なものには見えなかった。

 あの試合で受けたダメージが原因か?

 嘔気を催す彼の背中をさすってやると、食物残渣しょくもつざんさのない新鮮血を吐き出す。


「すまないな。ちょっと、頑張りすぎたようだ」


 俺の方をうつろな目を懸命に開いて、息も絶え絶えに言うロラン。

 

「再生」


 スキル《再生》を使用する。

 もしかすると彼を回復させることができるかもしれない。

 しかしあの体に纏わりつく影は一切出現しない。 

 ――くそ、使用者にしか効果が発現しないのか?


「俺は、大丈夫だ……心配、かけたな」


 そう言ってロランは無理やり立ち上がろうとする。


「あぶない――」

 

 しかし、それは叶わず前のめりに倒れそうになる。

 それを咄嗟に支えてやる。


「おい! ロラン? ロラン!」


 返答がない。

 その栗色の瞳は閉じられ、体を揺らしてみてもピクリとも動かない。

 駄目だ――急いで助けないと!


 俺は彼を抱えて闘技場の医療室に運んでいった。


 ♢


 白いベッドが並ぶ医療室。

 試合で傷ついた参加者が運ばれ治療をおこなう場所である。

 神官のスタッフに治癒魔法、《ヒール》をロランに使用してもらい、ベッドで休ませる。


「ん、んー……ここは、どこだ?」


「ロラン、起きたか」


 安静にすること数時間。

 ようやく目を覚ますロラン。

 なんとか顔色も普段のそれに戻り、一安心といったところか。


「ロビン……ああ、そうか。倒れてしまったんだな。すまなかった」


「それはいいんだ。無事でよかった、本当によかったよ」


「ははは。無事に決まっているだろ? なんて顔してるんだ、ロビンは心配性だな」


「心配性も何も、親友があんな辛そうにしていたらそりゃ心配するだろ」


 本当にあのまま起きないのかと思ってしまった。

 眠るロランに付き添うその数時間は永遠にも感じられ、その間とてつもない不安に襲われた。

 前世ではできなかった本当に大切な親友、それを失うかもしれないということがこんなに怖いものだということを俺は初めて知った。


「そうか、そうだな……」


「ロラン?」


 一瞬、ロランが虚ろに遠くを見ている気がした。


「いや、すまない。それより、俺の試合見たんだろ?」


「あ、ああ。凄かったよ。何がおきたのかと思った。あれは何かのスキルなのか?」


「それはもちろん内緒さ、とっておきの切り札だからな」


 ニコリと答えを伏せる彼。

 やはりあの技のことは教えてくれないか。


「あーあ! 決勝まで取っとくはずだったのになー!」


 両手をウーンと上に伸ばしながら残念と言うロラン。

 そうか、きっと俺相手に磨かれた技なんだと悟る。

 

「まあ、この大会に参加しているのは全員イスティナの強者だから仕方ないよ」


「そういうお前はえらく余裕そうじゃないか」


「そんなことないよ」

 

「でも、ま。優勝するのは俺だけど、な!」


 俺の心臓にコツンといつもよりも力のない拳を当て、白い歯を見せてロランは言ってくる。


「いや、それは譲れないよ」

 

 俺もそれに笑顔で返してやる。

 そう、俺も負けるわけにはいかない。


 闘技場で勝つことに最初の頃のような楽しさはもうない。

 しかし、レイとの約束を守るため。

 彼女の過去を知るため。 


「ははは。一度くらい勝たせやがれ、コノヤロウ!」


 悪いけど今回も勝たせてもらうよ、ロラン。

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