第5話 泣いて、暖かさに抱かれて、決めた事
俺は訳がわからなくなっていた。
儀式がまだ終わっていないにもかかわらず走って大聖堂を出てそのまま走った。
その無様な姿を皆笑っていただろうか。
走りながらも滲んだ視界にステータス画面が映し出される。
――――――――――――――――――――――――――――――
ロビン=ドレイク(盗賊)
レベル99 状態:健康
HP : 930/930
MP : 500/500
攻撃力 : 720
魔法力 : 500
防御力 : 400
魔法防御 : 450
かしこさ : 480
素早さ : 999EX
器用さ : 990
スキル : 盗む
シャドウ
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やはりそこには盗賊の文字。
一生消えないステータスが刻まれている。
涙が引いて、気が付くとすでに家の前まで着いていた。
普通に儀式が終わって帰ると夜の予定だったが、まだ夕日が辺りを赤く照らしている。
どうしよう。
父さんと母さんはどんな顔するんだろう。
今日の朝、見送ってくれたあの笑顔。
期待と自信に溢れたあの親の笑顔が今は苦しい。
優しい両親のことだ、きっと俺の好物を用意して待ってくれているのだろう。
このドアを開けるのが怖い。
何度もドアノブに手をかけようと伸ばすも震えてすぐに引いてしまう。
いっそ、消えてしまいたい。
このまま家に帰らず逃げた方が楽なんじゃないか。
いけない、マイナスな気持ちに心がかき乱される。
「あら、お帰りなさい。早かったのね」
だが、そんな思考も一瞬で閉ざされる。
開かれるドア。
先に見える母の姿といつもの声。
その姿に引いたはずの涙がまた溢れてくる。
「どうしたの? 何かあったの?」
母さんは優しい。
グショグショの俺を優しく抱きしめてくれる。
「よしよし」と成人を迎える息子を撫でてくれる。
「おいおいおい、どうしたどうした」
父さんも気づいて外まで来てくれた。
母さんに肩を抱きしめられながら家に入る。
入ってすぐの丸いテーブルにご飯がもう用意されている。
やっぱり俺の好物ばかりだ。
母さんはどんな顔をしてこの料理を作ってくれたんだろう。
この少し汚いオムライスは父さんだろうか。
不器用で脳筋なあの父さんが頑張って作ってくれたのかな。
俺はこの大切な二人を裏切ってしまった。
前世ではこんなに辛くなかった。
親を裏切ってもいつも逆ギレして返した。
それなのに、今回はこんなにも胸が痛む。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
謝罪の言葉を言い続けるしかなかった。
両親は何も言わずに頭を撫で続けてくれた。
やがて、心が落ち着いて、ゆっくりと震える口で両親に告げた。
「俺……盗賊、だって……」
ポカンとする両親、やっぱり失望させちゃったな。
「ごめんなさい」
「え? それだけ?」
母さんがあっけらかんと言ってくる。
「なんだ、そんなことで泣いてたのかお前は!」
父さんに至っては何故か笑っている。
俺、何もおかしなこと言ってないんだけど。
「馬鹿ね、ロビン。本当に勇者にでもなろうと思ったの?」
「そうだそうだ。俺とコイツの間に生まれたお前が勇者とは笑わせる」
「いや、でも盗賊……」
「かっこいいじゃないか! 足の速いお前にピッタリだろ!」
「びっくりしたぁ。泣き出すからもっと大変なことだと思っちゃったわ。さあ、食べましょう。あの父さんが料理をしたのよ」
「あのってなんだよ、俺だって料理ぐらいできるわ」
「このオムライスを見てそんなこと言えるの?」
「ぐぬぬ……」
親の顔に泥を塗ってしまったと悔やんでいたのが馬鹿らしくなるほど、二人は気にしていない様子だ。
むしろさっきまでの俺がおかしく思えるほど。
俺の顔はいつしかほころんでいた。
親は暖かいな。
そう、改めて思えた。
だからこそ、俺は改めて心に決めたんだ。
親の脛をかじっていた前世との決別。
最高の両親にとってもっと誇れる息子になれるよう。
――独り立ちすることを。
♢
「俺、冒険者になるよ」
そう告げたのは成人式の翌朝だった。
「お、おう、これまた急だな」
「どうしたの?」
「実は前から決めていたんだ。成人したら独り立ちするって」
「そんな、どうして? この家がいや?」
母さんが詰め寄って、不安そうな顔で聞いてくる。
「違うんだ、俺は母さんも父さんも大好きだよ」
「だったら、どうして?」
「俺は大人になりたいんだ」
「それが冒険者になるってこと?」
「わからない、でもそれが俺が考えた一番の近道だと思うんだ」
正直、今でも大人っていうのがわからない。
どうしたら大人になれるのか。
親に頼らず自分の力で生きるだけが大人なのか。
社会に貢献できる人っていうのが大人なのだろうか。
いろいろ考えた。
まずこのステータス。
きっと戦闘ではいい線いけるだろう。
ならば国の軍隊に入るのがいいのではないかと。
だが、それは職業が盗賊という時点で難しい。
盗賊と言えば隠密活動が向いている。
言わば闇の仕事だ。
確かに必要な職であろうが、それは気が進まない。
盗賊団などに入るなんてのはもっての外だ。
ならば、一番能力を活かせて盗賊でも可能な職はなんだろう。
俺が辿りついた答えは冒険者だった。
ギルドに入り、依頼者の多岐に渡る依頼を受けて報酬を獲得する。
なので多くの業種の人が集まり、職業に比較的有利不利が少ない。
世間の役にも立てて、自分の能力も活かせるものではないだろうか。
「でも、冒険者は危険がいっぱいよ。ロビンになにかあったらと思うと……」
母さんは心配性だ。
父さんとの剣術の修業も、魔物を狩るにも強く反対された。
勿論、俺のことを一番に考えて言ってくれているのは分かっている。
だけど、俺だって引くわけにはいかない。
「母さん、ロビンは強い子だ。今や俺よりも強い自慢の息子だ。そんな奴が決めたこと、親が応援してやれなくてどうする」
「あなた……」
父さんが母さんを抱き寄せる。
「ロビン。男は決めたことはやり遂げないと駄目だ。お前が立派な大人になりたいってんなら、母さんを心配させないような奴になってみせろ」
父さんの激励。
それに俺も大きく頷く。
「わかったよ父さん。約束する」
「ロビン、頑張ってね!」
赤く腫れあがった瞳を強く開き、俺の両肩を持ち、目をしっかりと見つめる母さん。
母さんのことだ、本当はまだ心配でたまらないはずだ。
でもこうして応援してくれた。
「ありがとう、母さん」
俺はこの両親を絶対に裏切らない。
⭐︎以下あとがきです。⭐︎
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