第62話 砂丘の主
「しかし暑いのぅ」
帰りの馬車が砂漠を行く。
焼けるような太陽の熱に焼かれ、砂から湯気が出ている。
馬車の中は白い皮の屋根が守って影となっているため少しばかりマシにはなっているだろうが、それでも汗が滴る暑さだ。
「火のドラゴンでも暑いなんて感じるのね」
「当たり前じゃ、暑いものは不快だ。熱いとはまた別の物じゃの」
「……ちょっと何を言っているかわからないわ」
一丁前に言葉遊びをするが、レイには伝わらず不機嫌になる。
「それと気づいているわよね、ロビン」
「あぁ、もちろん」
レイが目配せをし、小さな声で言ってくる。
気づかないフリをして泳がせていたが……。
「ん? なんじゃ? どうかしたのか?」
ファフニールはよく分かっていないようだ。
「じゃあそろそろ聞くとしようか。ねえ、おっちゃん」
前を見て、馬を操る御者に問う。
「何のことでしょうか?」
「何もない砂漠の道だから気づかないとでも思いましたか? どこへ向かっているのですか?」
そう、今行く道はカルタナに通ずる道ではない。
惚けているけれどそれは通用しない。
「すみません。私も仕事ですので、もう少しお付き合いしてくれますでしょうか」
観念したようだが、馬車を停める気配はない。
誰かの命令のようだけど、一体誰が何の目的なのか。
「誰の差金ですか?」
「すみません、もうすぐですので」
答えられないらしい。
どうする、このまま乗っていていいのか?
レイに目配せし小声で「降りたほうが懸命よ」と言うが、それを遮る様にファフニールが声をあげた。
「ふむ、おもしろい。良いではないか、のってやろうぞ」
「ファフニール?」
ファフニールの言動に当然レイが反応する。
「我を信じよ、愚か者が待っておるわ」
「何かわかったの?」
「それはすぐにわかることじゃ、のう馬の
ニヤリと笑う彼女、何か察したのだろうか。
いや、ファフニールのことだからただ楽しんでいるのかもしれないな。
「おっしゃる通りでございます、もうすぐ着きますよ」
相変わらずここからは何も見えないが……いや、あれは人影?
熱で揺らめいているが、確かに人影の様なものが砂漠に映った。
そして近づくにつれ、その正体が鮮明となってくる。
「なんでケトが……」
待っていたのはギゼノンの領主、ケト=ラゼフ。
でもなんでこんなところに呼び出したんだ?
馬車から降ろされケトに向かう。
「ご苦労、もう行って良いぞ」
「ありがとうございます。では私はこれにて」
いや馬車がなければ困るんだが……と言おうとしたがもう走り出していた。
なんと逃げ足の速い人だ。
「よくぞ参ったな」
悪びれずに堂々と言ってのけてみせる彼に少しムッとする。
いやここは冷静にいこう、何か狙いがあるはずだ。
「いや、連れてこられただけですよ。こんなところで何の用ですか?」
「それはもちろん、そなたと戦うためだ」
思わぬ答えに言葉が詰まる。
「どうしてあなたとロビンが戦う話になるのしら?」
「我はな、この世界で一番強き者と戦いたかったのだ。だからこんな大会を開いた」
「随分私欲に塗れた大会だったのね」
確かにレイの言う通り。
あの大会は常にこの領主のためにあったということだ。
「我と戦いたくはないか? なあ、ロビン=ドレイクよ」
「戦う理由がありません」
あの大会自体良い印象はなくなってしまった、その上で彼と戦う意味がない。
「おもしろいでないか主よ、相手にしてやったら良い」
「ファフニール?」
唐突にファフニールが割り込んでくる。
さっきもそうだったけど何を察してるんだ?
堂々と腕を組み言い放つ彼女の笑みは含みを持っている気がする。
「そこのお嬢ちゃんも言っているんだ、少しばかり手合わせ願おう」
ケトの周囲に砂の塊がいくつも展開される。
臨戦体制にはいったようだ。
「主よ、ようやく手加減せんでよい相手だ。思い切りやってやれ」
「ファフニールはケトを知っているのか?」
「あぁ、向こうが気づかなかったから知らぬふりをしていたがの」
ファフニールが知っている?
しかもこう言うからにはかなりの手練だということたわろう。
一体何者だというんだ。
「レイは下がってて」
「えぇ、その方がよさそうね。無理はしないでね」
「ハハハ、安心せい。いざとなったら我がおる」
「そうね、頼んだわよファフニール」
ケトを見る限り、もう戦闘をしないという手はないようだ。
レイを安全そうな場所まで下がらせ、観念して短剣を構える。
「では、ゆくぞ!」
ケトの合図と共に砂を固めた玉が一斉に飛んできた。
ギゼノンの領主、何者かわからないけどやるしかない!
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