第37話 蝶が舞う

「ふむ、盗人ぬすっとか」


 その必死に走る姿は過去の俺を思い出させるものだった。

 なにもかもなくなって盗みに手を染めてしまった俺のよう。

 今になってみれば本当に馬鹿なことをしてしまったと思っているがあの時は必死だった。


「のう、主人よ。命の危機であれば我は人間に手をだしていいのだったな?」


「え? あ、ああ」


 そして過ちをおこなったときは必ず報いを受ける。


 何を言っているんだこいつはと思った瞬間赤い閃光が走り、泥棒の前に立ちふさがった。

 

「どけっ!」


「おい、嬢ちゃん危ねぇぞ!」


 泥棒のカバンを持つ左手の反対にキラリと光が反射した。

 刃物か? だが今お前の前に立ちふさがっているのは――


 赤いドレスがひらりと舞った。

 黒が赤の上を弧を描いて地に叩きつけられる。

 それはまるで蝶が羽ばたいたかのように実に鮮やかなものであった。

 

 ドスっという鈍い音の後には地に仰向けで伏せる泥棒。

 ピクリとも動かない、打ち所が悪くなかったら良いが。


 そしてその傍にはパンパンとドレスの汚れを払う少女。

 

 そう、この幼い見た目でもこいつはドラゴン。

 一度暴れればこの都市を消してしまうことも可能な存在。

 ただの泥棒では到底歯が立たないのである。


 それは神の子供が落としたバチで命を失った俺のよう。

 どうにも避けることができないことなのだ。

 

「ふむ、こんなものかの?」


 ファフニールは泥棒が手放したカバンを拾う。

 一瞬静寂に包まれていたまわりだがようやく状況を理解しはじめたようだ。

 パラパラと鳴る拍手はやがて大きく巻き起こり、歓声に満ちていった。


「ほれ、お主のじゃろ? 大事に持っておくのじゃぞ」


「ありがとう、お嬢ちゃん。凄いのね」


「ハハハハ。我は強いからな!」


 高らかに自慢げに笑うファフニール。

 それを助長させるかのように歓声が大きく沸いている。


「まったく、目立たないでほしかったんだけど」


 1つ息を吐く。

 まあ、人助けならとやかく言うことはできないだろう。

 

「いやあ、ロビンさんの傍にいるから只者ではないと思っていたが、嬢ちゃんがあんなに強かったとはな。びっくりだ」


 果物屋の露天商が俺の傍に来て感心したように言う。


「そうですね。もしかしたら俺よりも強いかもしれませんよ」


「ハッハッハ。これは冗談が過ぎるな。そんな強い奴がほいほいいてたまるものか」


 ニヤリと露天商に言うと彼は大きく笑って返してくる。

 正直本当に次戦うことがあればどっちが勝つかわからないのだが……。


「人に称えられることは大変良きことじゃな」


「そうか、それは良かったな」


 俺のもとへ戻ってきて満足気に言うファフニール。


「しかし俺の奴隷紋は不完全だな」


「なぜじゃ?」


「お前はあんなナイフ程度じゃ傷すらつかないだろ?」


 そう、こいつにはあの泥棒のナイフなんて効きやしない。

 俺が施した契約は『自らの命の危機以外に人間を殺めず害さない』こと。

 本来なら命の危機でないあの攻撃では手を出せないはずなのである。

 しかし、実際には今のこの現状である。

 

「ハハハ。良いではないか。我に危害を加えようとしなければ我も手をだせないのじゃからな」


 『命の危機』というのは大分曖昧なものらしい。

 まあ、ファフニールもこう言っているし、今のこいつには人間をむやみに殺めようとする気はないようだからいいか。


 そうこうしていると俺のまわりに人が集まってくる。

 まわりの露天商の人たちだ。

 皆一様に手に食べ物を持ち次々にファフニールに差し出してくる。

 ファフニールは少し戸惑った表情を見せるもすぐにいつものどや顔になって受け取っていく。


「貢物じゃ、貢物じゃ」

 

「今日のご飯は食べに行く必要なさそうだな」


 両手に一杯持ち、それでも足りずに俺の手も串に刺した様々な食べ物でいっぱいだ。


「なんじゃ? 我に対する貢物を取ろうというのか?」


「こんなに食べられないだろう?」


「我はドラゴンぞ。こんな量ではたりないぐらいじゃ」


「レイもこれだけあれば喜ぶだろうな」


「むぅ……仕方ないのぅ」


 ファフニールは渋々といった感じで俺たちにもその貢物とやらを食べる許可を出した。

 ファフニールとレイは相性こそ良くないが決して仲が悪いことはない。

 どちらかというと2人は逆に仲良くしたいような感じは見受けられるのだ。

 しかし、もともとの性格が合わないのでどうしたら良いのかわからないようだ。


 あたりは丁度夕暮れ、ご飯の時間には丁度いいだろう。

 俺たちは宿屋に戻った。


 ♢


「レイ、ご飯にするぞ。今日は露店で食べ物を貰ってきた」


 宿屋に戻り早速レイの部屋をノックしご飯を伝える。

 

「すぐに行くわ」


 俺の部屋でファフニールと待っているとしばらくしてレイが入ってくる。


「すごく、おいしそうね」


 肉や、魚、野菜に果物と様々な串物がずらりと並び、レイが思わずつぶやく。

 本当にレイは食べることが好きだな。


「我がもらった貢物じゃありがたく食べよ」


「ファフニールが?」


「泥棒を捕まえたんだ。それを見ていた露天商が持っていけってね。まあ、いつもの餌付けで貰っているものもあるけど」


「ふーん……いいわね、可愛がってもらえて」


 ボソッとレイがファフニールに恨み節をぼやく。

 そんなに餌付けしてもらえていることがうらやましいのだろうか?


 その言葉にファフニールも不満気だ。


「なんじゃあ? 我の貢物に不満があるならやらんぞ?」


「そんなんじゃないわよ――うん、おいしいわ」


「そうじゃろ? そうじゃろう!」


 レイが自分の貰った貢物を褒めたことですぐに機嫌を取り戻すファフニール。

 彼女もレイの後に一口肉を大きく頬張り「うまい!」と満足する。


「ほら、あまり口につけない。はしたないわよ」


 レイがファフニールの口周りについたソースを紙で拭いてやる。

 むぅと膨れるファフニールだが、特に嫌がる様子はない。

 こうしてみるとなんだか母と娘だなと思いながら俺も食をすすめた。

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