Experience Point ~行動力の無いぼっち男女が『経験値稼ぎ』を行った件~

にぃ

第1話 じゃあ、私と一緒に……

    『リアルとはクソゲーである』


 今やネットスラングの定型文のように飛び交う言葉だが、この言葉に深く同意している人も少なくないのではないだろうか?

 少なくともゲームを趣味にしている人は、一度は思ったことあると思う。

 そういう僕もこの言葉には深く同意していた。


 リアルではゲームのようにドキドキするようなイベントがない。

 というかイベントを起こす度胸もない。

 そもそもまず友達がいない。


 リアルでは敵を倒してもお金は手に入らない。

 というか敵を倒す度胸もない。

 そもそも敵がいない。


 平たく言ってしまえば僕、高橋一郎は己の人生に価値を見出せずにいた。


 小学生時代は良かった。

 恐れをしらないあの時代は、僕にも人並みに友達がいた。

 幼稚園時代からの友達ばかりであったが、それでも交友関係に不自由はしていなかった。


 だけど、親の都合で引っ越して、別の学校へ転校してから僕の人生はガラリと変わる。

 友達の作り方を完璧に忘れていたのだ。

 いや、そうじゃない。友達を作る度胸を失っていたのだ。

 その日から僕にとって学校という施設は、一人ぼっちで過ごす空間になっていた。



    ――高校デビュー。



 高校入学をチャンスと思っていた時期が僕にもありました。

 いや、実質僕にしては頑張った時期でもあった。


 入学初日はクラス中がシーンとしていた。

 当然だ。初日というのは皆が互いを探りあっている日でもある。

 隣の人に話を掛けるのも一苦労する日。

 教室が静寂で包まれている中、僕だけが喋り出す勇気なんてあるはずもなく、皆に習って黙っていた。ていうか机に突っ伏して寝たふりをしていた。


 事件は入学二日目にして起こった。

 なんと登校した途端、あれほど静かだった教室が少し騒がしいのだ。

 見ると、席が近いもの同士でグループが多数存在している。

 あの日は、『お前ら、いつの間に仲良くなったんですか!?』と心の中で絶叫したものだ。

 隣の人も後ろの席のグループに混ざって話をしている。

 隣の人とも交流を持っておきたかったし、僕も混ざるなら後ろのグループだと思った。


 昼休み。

 後ろのグループの一人が隣の人をトランプに誘っていた。

 僕はありったけの勇気を振り絞っていった。


「僕も……一緒にいい?」


 言葉は無難に選んだつもりだ。

 だけど、なぜか後ろのグループの人達と隣の席の人は驚いたようにこちらを見ていた。

 何かまずったか? と思い、内心汗を掻いていたのだが、数秒の静寂の後「いいよ」と言ってくれた。


 僕のミスはその静寂の意味を深読みしすぎた所だった。

 彼らはただ突然話しかけてきた僕に対して少しだけ驚いただけなのだろう。

 だけど僕はこの時、『あっ、このグループは僕なんてお呼びじゃないんだな』と勘違いをしてしまい、彼らとの交流もたった一回の大富豪ゲームをしただけで終わりにしてしまった。


 入学してから二週間が経った。

 各グループ内で友情が芽生え始める時期である。

 当然のように僕は一人だった。

 友達を作りたいという気持ちはあるのだ。だけど完全にタイミングを逃してしまい、一人っきりでいる。

 いや、はっきり言おう。僕が行動力無さすぎるのがいけないのだ。

 だけど行動力が無かったのは僕だけではないようだ。

 見渡すと僕みたいにグループに入れずに一人っきりでいる生徒がまだポツポツといる。

 唯一友達を作れるチャンスがあるとしたら、そのような溢れたクラスメートとだと思った。







「はい、じゃあ二人組作って~」


 悪魔の言葉を吐いたのは体育教師。

 学校という空間にいる間に最も聞きたくない言葉の一つだ。

 周りを見ると、やはりグループ同士でペアを作って二人組を作っている。

 僕は最後のチャンスだと思い、友達がいない同盟(と勝手に僕が思っている)である斉藤君に声を掛けてみた。


「組まない?」


 この四文字を口にするだけで僕はどれだけの時間を使ったのだろう?

 でも勇気出して声を掛けたおかげで斉藤君とペアになることができた。

 僕はこの時点で勝手に斉藤君と友達になれたと思ってしまった。

 少なくとも『二人組作って~』の悪魔の言葉にはもう怖がることはないと思った。







「は~い。じゃあ二人組作って~」


 悪魔の言葉はやっぱり悪魔の言葉だった。

 あれから一週間後、デジャブのように絶望の言葉を吐いたのはやっぱり体育教師。

 僕はその体育教師と二人組を組んでいた。

 例の斉藤君だが、別の男と楽しそうにペアを組んでいる。

 そう――彼はこの一週間の間に友達を作っていたのだ。


 厳密にいうとちょっと違う。友達がいない同士で友達を作っていた。

 クラスに少数存在していた友達がいない同盟(仮称)の中に行動力を持った奴が一人いたのだ。

 そいつが斉藤君含め、クラスに一人ぼっち連中を集め、グループ作りに成功していた。


 ――僕、一人を除いて。


 そう、そいつはある程度の人数を集めるとそれで満足したようで、僕に声を掛けずにグループ作りを終了していたのだ!

 別にいいのだが、裏切られた気分だった。

 それよりもクラスの人数が奇数であることを呪いまくった。







 高一の一年間で僕が最も取っていたポーズは、両腕を平行に並べ、そこに頭を乗っけるといったものだった。

 平たく言えば机に突っ伏して時間を潰していた。

 机に突っ伏すと言っても寝ているわけではない。いや、たまに本気で眠るときもあるが、九割方起きている。

 このポーズの利点は回りから見ると『寝ているように見える』という所だ。一人でいる理由付けにもなっている。ただ何もやることがないからこうしているだけなんだけど。

 寝ているのではないなら何をしているのかというと、盗み聞きか妄想だ。

 周りの話を聞いて、自分の中でツッコミを入れて遊ぶ。意外と面白いのだこれが。休み時間の十分くらい余裕で潰せる。仮に時間が余ったとしても妄想でもしていれば時間なんて早く過ぎてくれる。


 僕は完全に浮いていた。

 『机に突っ伏している』という行為自体が、周りにぼっちをアピールしていることなどとっくの昔に知っていた。

 だけど僕はやめなかった。

 だって誰も何も言ってこないし。

 それに一人は辛いけど、楽なのだ。


 高校生活は三年間ある。

 この学校はクラス替えもないので、このメンツと三年間勉学を共に過ごすのだ。

 残りの高校生活も僕はこうして過ごすんだなと思った。


 惰性で学校に通う。

 『なら学校やめろよ』とツッコんだ人は真のぼっちの気持ちを理解していない。

 学校をやめるというという行為は、行動力溢れた者にしかできないのだ。

 むしろ僕は本当に学校を辞められるやつを少しだけ尊敬している。

 自分にもそんな行動力が欲しいものだ。

 ……いや、学校辞めたいなんて思ってないからね?

 たとえ惰性でも卒業はしたい。最低限高卒の学歴は持っておきたい。

 だから僕は惰性でも学校に通うのだ。

 おそらく高校生活の中で彼女は愚か、友達もできないだろう。

 そう――思っていた矢先に事件は起きた。







「おうふ……」


 下駄箱を開けた瞬間、自分でも意味不明な言葉が口から出ていた。

 高校二年の春。いつものように惰性で登校したある日の朝だった。

 なんと僕の下駄箱に手紙らしきものが入っている。

 硬直すること数十秒。ようやく意識がはっきりした所で、僕は手紙を無造作に引っ掴み、そのままトイレへ直行した。


 『無造作に引っ掴み』と言ったが語弊だ。

 僕は手紙に折り目をつけないように丁重に持ち運んでいた。

 正体不明の手紙を引っ掴むと行為はなかなか勇気のいることだからね。


 トイレの個室に入り、カギを掛ける。

 便器に腰を掛け、深呼吸。

 ……トイレ独特の嫌な空気を吸い込んでしまった。


「さて……」


 青い封筒が僕の手元にある。

 中を確かめる前に僕はこれが何であるか軽く推測することにした。


 まず、一番ありえるのが悪戯だ。

 『あいつぼっちだし、何されても文句言わねえだろうから、からかって遊んでやろーぜ』的な。

 くだらなすぎて今時小学生でもやらないが、高校生ならやりかねないのだ。

 なぜならイジメの思考が大人だから。

 その説が当たっているしたら僕がトイレの個室に閉じこもるという行動自体に笑われているかもしれない。まぁ、別にいいけど。


 第二の説としてありえるのが罰ゲームだ。

 『あいつぼっちだし、何されても文句言わねえから、勝負で負けたやつがあいつに告白ね』的な。

 これもくだらなすぎるが行為だが、同じ理由で高校生ならやりかねない。


 第三の説としてありえるのが本気の告白だ。

 だとしたら大変だ。入れる下駄箱を間違えてしまっている。

 僕がこの封筒を開けるのもイケないことになってしまう。

 だけど僕は好奇心に負け、封筒を開けてしまう。


 ――くっ、糊で接着したな、手紙の主め。紙が破けたらどうするんだ!


 僕は丁寧に丁寧に封筒の糊を剥がす。

 如何せん紙が破けてしまったのはご愛嬌ということで許してほしい。

 思った通り、封筒の中には手紙が入っていた。

 丸っこい文字だ。僕は本文よりも先に差出人の氏名を確認した。


 “星野月羽”


 知らない名前だ。ほしの……つきは、と読むのだろうか? なんだ月羽って? ハンドルネームか?

 僕は首を傾げながら手紙の本文に目を通した。







 夕暮れの屋上。

 茜色の光に照らされながらフェンス前に佇むように立っている女子生徒がいた。

 こんな光景、ギャルゲーでしか見たことない。

 リアルでもCG一枚絵のように美しい光景があるんだなぁ。


 僕が屋上に足を踏み入れると、それに気付いた女子生徒が目を見開きながら驚いたり、かと思えば下を向いたり、前を向いて視線だけ左右に振ったりと完全に落ち着きを無くしていた。

 僕は彼女が落ち着くのをひたすら待ってみた。ていうかこちらから声を掛ける勇気なんて僕にあるはずがなかった。

 やがて彼女は少し眼を潤ませながら意を決したようにこう言ってきた。


「あ、あの! て、てぎゃみ! 読んでください……まましたか?」


 震えた声で言ってくる。

 通訳すると『あの! 手紙読んでくださいましたか?』と言っている、のだと思う。

 僕は首を縦に振って返答した。


「そ、そそそ、そうですすか」


 ものすごくテンパっている、ように見える。

 それがマジな反応なのか、それとも演技なのか、僕には見分ける術がない。


「じゃ、じゃあ……えと……」


 彼女の声は常に震えている。

 ちなみに僕も平静でいるように見えて、かなり緊張している。


 そして彼女の次の一言が僕の学校生活を大きく変えることになる。


「じゃあ、私と一緒に……経験値稼ぎをしてください!」







 リアルではゲームのようにドキドキするようなイベントがない。

 ていうかイベントを起こす度胸もない。

 そもそもまず友達がいない。


 リアルでは敵を倒してもお金は手に入らない。

 ていうか敵を倒す度胸もない。

 そもそも敵がいない。


 リアルでは敵を倒しても経験値は手に入らない。

 ていうか敵を倒す度胸もない。

 そもそも経験値が――



 ――あるのだろか?



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